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絵本

課題図書を読む『もぐらはすごい』

この絵本は、昨年の初夏に出版され、すぐに小学校の読み聞かせの人たちのなかで話題になった。

もぐらはすごい
 アヤ井 アキコ作
 川田伸一郎監修
 アリス館

    

 もぐらって、名前はよく知っているけれど、私は見たことがない。もぐらづかは見たことがある。というか、地面にこんもり盛り上がっているところがあって、これはもぐらの穴だよと人に言われて、そうなんだなあと思っていただけなのだ。

 そんな、知っているようで、実はよく知らないもぐらの生態を、この絵本が実にわかりやすく、そして楽しく教えてくれる。
 もぐらの暮らし方や体の秘密。地面を掘るのに適した手の構造、敏感な感覚器「アイマー器官」、ものすごく広範囲な巣。知らないことばかりで驚きの連続だ。
 手のひらが、人間と違って、外側についていたなんて。水泳の平泳ぎなんか、得意かもしれない。土の中の巣に、たった一匹ですんでいるらしい。暗闇の中で一人なんて、孤独ではないのだろうか? それとも自由できままな一人暮らしを満喫しているんだろうか?
 一生のほとんどを土の中にいるなんて、人間の目から見たら、とても不思議なのだが、きっとこれは、小さな動物であるもぐらが生き延びていくために進化してきた姿なのだろう。

 巻末にはモグラ博士である、監修の川田真一郎氏の説明がさらに付け加えられていて、好奇心をそそる。いまだに謎が多くて、オスとメスの出会いなど、解明されていないことがたくさんあるらしい。研究したくなる読者もあるはず。

 低学年の課題図書だけれど、高学年、中学生でも十分面白いと思う。

 
*第65回青少年読書感想文全国コンクール 小学校低学年の部 課題図書。

課題図書を読む『スタンリーとちいさな火星人』

 大人目線・親目線で読むと、微笑ましくて、ふふっと笑わずにいられない作品。主人公のスタンリーが抱きしめたくなるほどかわいい。


スタンリーとちいさな火星人
 サイモン・ジェームズ作
 千葉茂樹訳
 あすなろ書房

     

 母さんがとまりがけの仕事へ出る日、スタンリーは段ボールの宇宙船に乗り地球を離れた。帰ってきた宇宙船からでてきたのは、スタンリーそっくりの火星人。火星人はスタンリーの家で、父さんや兄さんと夜を過ごし、学校で友だちと喧嘩をする。でも、母さんが帰ってくると、火星人は……。

 スタンリーは、何歳だろう? 学校へいっていて、ちゃんと自分のことはできる。幼児からちょうど抜け出したばかりの年ごろだ。大きくなったのだから、母親がいなくても大丈夫。父親のいうことをきいて、いい子にすることだってできるはず。でも、やっぱりさみしくてたまらない。その寂しさ、寂しい思いをさせられる怒りなど、面白くない、もやもやした気持ちを、火星人になってわがままをいうことで、発散させようとしている。

 少し年上でもう母から自立している兄さんは、火星人になったスタンリーを多分面白がりながら、父親はため息つきながら、火星人になったスタンリーに調子を合わす。
 父親は、なに馬鹿なことしてるんだと、頭ごなしに叱らない。でも、火星人でも地球では寝る時間に寝なくちゃいけないなど、やるべきことだけきちっとやらせて、余裕を持って接する。その姿が、親として素晴らしいと思う。

 子どもの視線、スタンリーの立場からこの作品を読むとどうだろう?
 火星人になって、母親がいるときならちゃんとすること(手を洗うとか、歯を磨くとか)をしないでいる。それは、罪悪感をちょっぴり感じる、でもちょっとやってみたい、ドキドキする冒険だ。悪いことをしているのは、スタンリーではなく火星人だという、いいわけもある。子ども読者は自分もやってみたいなと思うかもしれない。
 でもやっぱり一番心配なのは、火星から帰ってきたスタンリーを母親がどう思うか? 子どもたちは、素敵なラストに胸がキュンとなるだろう。

 ラフな線と淡い色彩でせ描かれた絵は、体の動きも、表情も控えめ。目は点で、口の線だ。でも、そこから不思議と登場人物たちの心の動きが細やかに感じられる。派手な表情がないことで、かえって想像の余地が生まれ、物語に沿った感情を、読者自身の心で感じとれる。

 大人目線と子ども目線と、まったく違う読み方ができる作品だ。子どもたちの読書感想文、読んでみたいと思う。

*第65回青少年読書感想文全国コンクール 小学校低学年の部 課題図書。

 

 

課題図書を読む『すごいね! みんなの通学路』

 途上国の子どもたちを支援してきた国際NGOプラン。そのなかのプラン・カナダによりつくられた絵本。巻末の作者紹介によれば、ローズマリー・マカーニー氏はプラン・カナダの前代表だそうです。

すごいね!みんなの通学路
 ローズマリー・マカーニー文
 西田佳子訳
 西村書店

     

 世界の子どもたちの通学路を写真で紹介する写真絵本。
 最初に出てくる通学路は、地震・津波のあとの日本と、台風のあとのフィリピン。でも、これは非常時。次はアメリカのバス通学。これは、日本でもあるかもしれない。あまり珍しくない。
 そのあとから、ええーっと驚きの声をあげたくなる通学路が次々と登場する。川を渡るのに、半ズボンのすそをたくしあげて歩いたり、舟をこぐのは、まだ序の口。空中に渡したロープをたぐったり、ワイヤーを上下に2本渡しただけの橋をつたったり。まるで、フィールドアスレチックをしているみたい。楽しそう? でも、遊んでいるんじゃない。とても危険だ。
 危険といえば、険しい山のある中国の通学路も恐ろしい。文字通り一歩間違えたら、滑落事故になってしまう。
 いろいろな動物を利用していく子もいる。これは、日本の子には、うらやましいかもしれない。カナダの犬ぞりは、かっこいい。

 通学路は学校へ行く道。なのに、世界じゅうで、こんなに違っている! 通学路を見るだけで、いろいろな国の知らない世界が見えてくる。子どもたちの身近な通学路を通して、世界を見る、世界の窓となる絵本。

 なお、中表紙前には、ノーベル平和賞を受賞したマララさんの寄付で開校された、シリア難民キャンプの学校、中表紙を捲ると、フィリピンのストリートチルドレンと思われる女の子の写真がある。この2枚の写真から、世界中のすべての子が、学校で学べることを願ってつくられた絵本であることが感じられる。
 
*第64回青少年読書感想文全国コンクール 小学校中学年の部 課題図書

課題図書を読む『がっこうだってどきどきしてる』

 クリスチャン・ロビンソンは、イラストを描いた『おばあちゃんと バスにのって』でニューベリー賞を受賞、コールデコット賞ではオナーに選ばれている。『おばあちゃんと バスにのって』のほかに、『ガストン (講談社の翻訳絵本)も、私は好きです。

がっこうだって どきどきしてる
 アダム・レックス文
 クリスチャン・ロビンソン絵
 なかがわちひろ訳
 WAVE出版

     

 建てられたばかりのぴかぴかの学校は、自分が何者か知らない。ドアの上に「がっこう」と書いてあるので学校だと知り、用務員さんから、じきに子どもたちが大勢来て勉強したり遊んだりすると教えてもらう。子どもたちが初めて来る日、学校は、たくさんの子どもをどきどきして見る。いろんな子がいる。走り回る子、ジャングルジムによじのぼる子。学校が嫌いな子もいる。それを知ると、学校も嫌な気持ちになる。給食、勉強とにぎやかな一日が終わり……。、

 子どもにとって、はじめての学校はどきどきわくわく。期待と不安の入り混じった気持ちを、視点をくるりと回転して学校側から描き、学校がどんなところか、子どもたちに紹介する。学校が擬人化され、まるで、読み手の子どもたちの、友だちの一人のようだ。
 白地の背景にしたクリスチャン・ロビンソンのカラフルな絵は、、必要なことを、すっきりと見せている。そこには、アメリカの絵本らしく、多種多様の子どもがいる。肌の色、髪の色、服装が違うだけでなく、スケボーの子や車いすの子、活発な子や内気な子……。教室での授業の様子は、日本と思うとずいぶん自由な感じだ。でも、給食のときの牛乳で遊ぶ子は、日本でもありそう。
 日本の子には、学校のことだけでなく、世界の多様性を知るきっかけにもなるだろう。

*第64回青少年読書感想文全国コンクール 小学校低学年の部 課題図書

課題図書を読む『なずず このっぺ』

 2017年コルデコット賞のオナー作品に選ばれたという本。とても斬新でした!!

なずず このっぺ?
 カーソン・エリス作
 アーサー・ビナード訳
 フレーベル館

     

 地面から出てきた芽をみつけて、虫たちがなにやら話している。「なずず このっぺ?」「わっばど がららん」。どうやら虫語らしい。「これ、なんだろ?」「さあ、わからん」とでもいっているのだろうか? 芽の隣では丸太がころがっていて、毛虫が「じゃじゃこん!」といって、枝にぶら下がると、さなぎになる。
 芽はのびて花が咲き、やがて、しおれる。丸太のさなぎからは蛾が生まれる。そして、雪が降り、また春になって芽が出る。すると、「なずず このっぺ」「じゃじゃこん」の会話が戻ってくる。繰り返される、虫たちの1年のドラマだ。

 ドラマの中心になるのは3匹の虫。そのうち1匹はテントウムシだけれど、後の2匹ははっきりわからない。なにかの小さな甲虫だろうか? この3匹が、伸びてきた植物に、はしごや木材をもってきて、自分たちの住処にする。ところが、クモがやってきて、そこに巣をつくってしまった。がっかりしていると、鳥がクモを一撃。虫たちは、またそこを住処にする。

 その間に交わされる言葉は、わけのわからない虫語だけ。素朴で懐かしいような響きがあるけれど、意味は分かったような、分からないような。全身で気持ちを表している虫たちと状況から想像するしかない。でも、読者がどう想像して、どう訳しても、間違いではないだろう。
 たとえば、クモが住処にやってきたとき、「ムクジャランカ!」という声が行きかう。「ムクジャランカ」はクモの意味だろうか? このクモは毛がいっぱい生えているから、「毛むくじゃら」という意味かもしれない。一匹は、「フンレンガ ぽしゃり……」とかなり落胆しているが、クモがいなくなると、飛びあかって喜び「ムクジャランカ ぽしゃり!」。「ぽしゃり」は、「なくなる」ということ? それとも「おしまい」? 
 植物に花が咲いた時はにぎやかだ。「みりご めりご ルンバボン!」と、喜びに満ちている。何と言っているか定かではないが、なんだかウキウキしてくるではないか。

 美しい色彩の絵は、全ページ、アングルは一緒で、丸太と植物と虫たちが、季節の移り変わりとともに変わっていく。デザイン化されユーモラスな動きを見せる様々な虫たち。夜の美しい場面。細々と書かれた虫の家財道具。見るたびに発見があり、想像が膨らむ。

 くりかえしページを捲って、虫語の素朴な響きを味わい、意味をくみとり、絵を眺めれば、もしかしたら、いつのまにか、虫語がわかってくるかもしれない。
 虫の国へようこそ! さあ、虫たちと会話しよう。

*第64回青少年読書感想文全国コンクール 小学校低学年の部 課題図書

課題図書を読む『森のおくから むかし、カナダであった ほんとうのはなし』

 作者あとがきによれば、作者の亡くなった祖父が本当に体験した出来事とのこと。作者は、祖父が母に話し、母が作者に話したこの驚くべき出来事を、自分の子どもに話してやりたいと、書いている。家族に語り継がれてきた本当の話が、こうして絵本になって、合衆国で、日本で、世界に語り継がれることになった。きっと多くの人の印象に残るはずだ。

森のおくから―むかし、カナダであったほんとうのはなし
 レベッカ・ボンド作
 もりうちすみこ訳
 ゴブリン書房

     

 1914年。10歳のアントニオはカナダの森のなかのゴーガンダ湖のほとりに住んでいた。おかあさんがホテルをやっていたからだ。ホテルは3階建てで、1階は食堂、2階は宿泊の個室、3階は大部屋でいくつも2段ベッドが並んでいた。大部屋の客は、森で木を切ったり、銀の鉱石を掘り出したり、狩りをして長期間泊まつた。小さなアントニオは、ホテルで働く人や泊まる人の中に入って、遊んだり、話を聞いたりした。森に行けば、動物の足跡や寝た跡をみつけたが、実際に動物の姿を見たことはなかった。動物たちは、アントニオが行けるより、もっと深い森に身を隠していたのだ。
 晴天が続いて、森がからからにかわいたある日、森から煙がたちのぼった。山火事が起きたのだ。火はあっというまに燃え広がり、アントニオたち人間の住むところまでせまつてきた。アントニオもお母さんも宿泊客もみな、ゴーガンダ湖に逃げるしかなかった。火はどんどん激しくなり、アントニオたちは水につかって、どんどん深いところまで逃げた。そのとき、信じられないことが起きる。森から動物たちが逃げてきたのだ……。

 まるで映画のような、神々しいお話に、本当にこんなことがあるなんて……と感嘆して読んだ。当時たった5歳だったアントニオの生涯忘れない記憶になったというのも、頷ける。
 人間が動物を狩り、オオカミはシカを襲い、キツネはウサギを追う。そうした本来の習性を忘れて、炎という圧倒的な怪物を前に、人間と動物がふしぎな連帯感で繋がった。荒れ狂う炎の前には、人も動物も少しも変わらない、無力な小さい生き物だったのだ。
 出来事が終息した後、人間と動物は、静かに元の場所に戻っていく。そこには静けさが漂っていて、この驚くべき出来事の神秘さをさらに強く感じた。

 ところで、絵本の前半では、約100年前のカナダの森のホテルが、5歳のアントニオを介して紹介されている。作者の祖父の話を元に描かれたのだろう。セピア色を基調にしたページは、古い時代への郷愁と好奇心をかきたてる。当時の生活の一端が映し出された、この前半の数ページも、不思議さの漂う後半に劣らず魅力的だ。
 森で働く男たちが、何人もいっしょに寝泊りし、男たちの扱う道具とタバコと体臭がこもった部屋。様々な国の言葉がいきかい、がやがやと騒がしくても、明かりが消えて真っ暗になれば、労働で疲れた体はすぐに眠り落ち、外の葉擦れのおささえ聞こえるほどしんとする。そこは、汗臭い人間の血が通う空間だ。
 幼いアントニオは、きっとこうしたたくましい男たちを憧れの目で見ていたことだろう。男たちも、自由に部屋に出入りするアントニオを、宿のぼうやとして、受け入れ、かわいがっていただろう。アントニオのお母さんのホテルは、人間同士の垣根が低い場所だったのだと思う。

 当時のカナダの森で働く人々を知り、また動物たちとの神秘的なつながりを疑似体験ができる。子どもにも大人にも印象深い絵本になるだろう。、

*第64回青少年読書感想文全国コンクール 小学校中学年の部 課題図書

 作者のレベッカ・ボンドは、2017年8月(この作品の邦訳がでてすぐだ!)に45歳で亡くなったという。今まで、『あかちゃんのゆりかご (世界の絵本)』『牛をかぶったカメラマン―キーアトン兄弟の物語』などの作品を読んだことがあり、絵が素晴らしく、これからが楽しみな作家だと思っていたのでショック! パブリリッシャ―ズ・ウィークリーの記事に、" died on August 2 after a brief illness." とあった。あっけなく亡くなってしまったのだろうか? 

課題図書を読む『ルラルさんのだいくしごと』

ルラルさんのにわ (いとうひろしの本)』からはじまったルラルさんシリーズ。1巻で、心が狭くケチだったルラルさんは、すっかり心の広いやさしいおじさんになって、庭のみんな(ネコ、サル、ブタ、ワニなどの動物たち)と、いろいろなことをしてきた。ルラルさんシリーズのお話は、どれも、ほわっとあたたかいもので、心を包んでくれて、大好きだけれど、まさか、8作目にして、課題図書となるとは思わなかった!!

ルラルさんのだいくしごと (いとうひろしの本)
 いとうひろし作
 ポプラ社

     

 ルラルさんは、大工仕事がとても上手。ある日、雨もりを直そうと、梯子をつかって屋根へ。瓦のひびをうめて、もう大丈夫。さあ、屋根をおりようとしたけれど、梯子がない! 梯子が地面にたおれてしまったのだ。梯子をたてかけてもらおうと、庭のみんなに声をかける。みんな来てくれたけれど、梯子が、きしゃごっこするのに、ぴったりだったものだから……。

 動物たちが梯子の電車で庭からでていったものだから、ルラルさんは屋根のうえで呆然となる。でも、ここで、かっかと怒りだしたり、なんとかして降りようと奮闘したりはしないのが、ルラルさんだ。屋根からおりて、やりたいことがあるけれど、ま、しかたないと、さっさと、あきらめて寝ころべば、思いがけず、こんなことが起きなければ得られない素敵な時間となる。
 ルラルさんみたいに、不測の事態に無駄に抵抗せず、さっと心の切り替え、あるがままを受けとめて楽しめたら、どんなに心が穏やかだろう。自分の意志に固執せずに、物事の流れにのって、その景色を堪能する。ああ、ルラルさんを見ていると、気がほっとぬけて楽になるな、ルラルさんみたいに生きたいなと素直に思える。現実的な考えれば、屋根の上にずっといたら、熱中症になるんじゃないかと、気になるが……。

 白を背景にした明るく淡い色調の絵は、ルラルさんシリーズのほんわかした世界観を生み出している。シンプルな線で描かれているが、ルラルさんと動物たちの表情が、生き生きと伝わってくる。動物たちはいつもにこにこして、楽しくてしょうがないという様子だし、ルラルさんは様々な表情を見せている。目や口の線が表情をつくるだけではない。ルラルさんの呆然とした様子は、小さな立ち姿と、禿げ頭の後ろ姿が十二分に表している。私たち読む者は、ルラルさんワールドにすっぽりはいりこみ、いつのまにか庭のみんなの中のひとりになってしまう。
 あくせくしていたら、心が疲れたら、いつでももどってきたい世界だ。

 小さな子どもたちは、どうだろう。こんな世界にいてほしいなあ。

*第64回青少年読書感想文全国コンクール 小学校低学年の部 課題図書

課題図書を読む『耳の聞こえないメジャーリーガー ウィリアム・ホイ』

 絵本のタイトルのとおり、「耳の聞こえないメジャーリーガー、ウィリアム・ホイ」の伝記なのだが、この人は、1862年生まれ。南北戦争の時、生まれた人がプロ野球選手になっていたというアメリカのプロ野球の歴史に、まず、無知な私は驚いてしまった。ウィキベディアで調べると、1860年代初めにはプロ野球選手が存在していて、1868年に初めてプロだけのチームができたという。ラジオ放送もまだ行われていない頃のプロ野球とはどんなだろう? 人々は、じかに観戦するほかに、新聞などで勝敗や試合の状況を知ったのだろうか? 絵本とは全く関係ない素朴な疑問ですが……。。

耳の聞こえないメジャーリーガー ウィリアム・ホイ
 ナンシー・チャーニン文
 ジェズ・ツヤ絵
 斉藤洋訳
 光村教育図書

     

 ウィリアム・エルスワース・ホイは、耳が聞こえない障がいを持ちながら、1886年、野球選手になり、1888~1902年メジャーリーガーとして活躍した。彼は、ろう学校の野球チームに入りたくて練習に励み上達したが、身長が低いという理由でチームに入れなかった。卒業後、靴の修理店につとめていたとき、偶然ある野球チームの人に認められ入団のチャンスを得る。だが、耳が聞こえないからと給料を下げられたり、同僚から陰口を言われたりした。それでも、ウィリアムはチームをいくつも移り、がんばり続けた。
 ある日、3振したがストライクという審判の声が聞こえず、そのままバッターボッスに立ち続けて選手や観衆から嘲笑を受ける。この時代、審判は声だけで判定を表していたのだ。ここの出来事を機に、ウィリアムは審判のジェスチャーを審判に提案、さらにはチーム内のサインを考える。それが、今の審判のジェスチャーやチームのサインにつながる。その後、彼はメジャーリーグの選手となり活躍する。

 ウィリアムは、大好きな野球をたゆまず努力し続けて夢を達成した。しかも、たに障がいを乗り越えただけでない。障がいに関係なくプレイできるよう、野球のやり方を変えたのだ。さらにその新しいやり方は、他の選手や観衆にとってもよいものとなった。
 学校のチームに入れなかった時も、プロに入って障がいのために不公平な扱いを受けた時も、ウィリアムは前向きだった。つねに自分を卑下することなく、プライドを持っていたのだと思う。それは、お母さんが、ウィリアムの生まれた時からずっと、彼の成長をにこにこと笑って見守って、彼の自尊心を育ててきたからだろう。彼とお母さんとのつながりが、絵本ではさりげなく描かれていて、あたたかい気持ちにしてくれる。

 前向きな努力の素晴らしさを伝える一方で、この絵本はバリアフリーの素晴らしいお手本にもなっている。ウィリアムは、他の選手と同等にプレイする権利を堂々と主張し、審判やチームメイトはそれを真摯に聞き入れ、野球をさらに魅力あるスポーツにした。
 障がい者の困難を、他の人たちは気づけなかったり、理解できていなかったりする。分っていながら、多数派である自分たちのやり方を意固地に守りたがることもある。そうした障がい者とそうでないもののバリアをウィリアムは、野球への愛で取り払った。また、ウィリアムの提案を真摯にうけいれた当時の審判や選手たちも素晴らしい。
 すべての人を励ますバリアフリーな絵本。

*第63回青少年読書感想文全国コンクール 小学校中学年の部 課題図書

課題図書を読む『干したから…』

 表紙はカラフルなドライフルーツ、後表紙は茶系配色の魚や穀物の写真。みんな干した食べ物だ。干した食べ物がこんなに多いことに改めて気づいた。

干したから… (ふしぎびっくり写真えほん)
 森枝卓士写真・文
 フレーベル館

     

 中表紙のタイトルの下には、オレンジがかった茶色をした楕円の乾物の写真があって、「さて、問題です。これ、なーんだ?」。ページをめくると、左ページに真っ二つにした、瑞々しい細長いトマト、右ページでは、干されてしわしわなっていく様子が紹介されている。ドライトマトは日本の家庭ではあまりなじみではないから、その変化に目を見張る小さな読者もいるのではないだろうか。

 かつおぶし、するめ、切り干し大根、のり、干しブドウ……。私たちは、すでに干されて袋入りになったものを買ってくるから、干すという過程を、普段意識しないが、考えれば、日本ではたくさんの干した食べ物がある。
 では、干すとどうなるのか? そのままでも食べられるのに、わざわざ干すのはなぜか? 世界では他にどんな干した食べ物があるか? この絵本がたくさんの写真を使って、きちんと言葉にして、わかりやすく教えてくれる。そこには驚きの発見がいくつもある。
 まず、イカと大根。干す前と後の姿を写真で並べて見てみよう。こんなに姿が違う。大根は、同じ重さでこんなにかさが違う! 普段、調理し、食べているものなのに、その差は本当に驚きだった。ページをめくるとミカン。ミカンを使って、干すことで変わるのはなにか、なぜ干すのかを、絵と言葉でしっかり説明してくれる。ミカンだからこそ、とてもわかりやすい。

 世界各地の乾物も多数紹介されている。魚や唐辛子は日本にもあるが、その国ならではのものもたくさんある。ネズミの干物には、ぎょっとしないではいられない。でも、それ以上に、はっとさせられたのは、米、パスタも、干した保存食だということ。日常当たり前に食べているからだろうか? 米やパスタが保存食と考えたこともなかった。さらに、米などの干した穀物が主食になった所以にも、気づかされ、なるほどと納得した。
 干した食べ物には、栄養素がギュッと凝縮されているのと同じように、食べて生きるための祖先からの叡智が凝縮されているのだ。

 巻末には、自分で干す方法が載っている。100円ショップの品物を使って干せることが付記されているから、これはもう、自分でやってみるしかない。
 さらにあとがきで、干すとはまた違う、一風変わった保存方法も紹介されていて、これまたなるほどと感心した。

 干物なんて地味なものに驚きの発見があって、世界に視野が広がっていく。課題図書にふさわしい作品。

*第63回青少年読書感想文全国コンクール 小学校中学年の部 課題図書

課題図書を読む『すばこ』

 中高学年の読み聞かせで何度か学校で読んだけれど、低学年の課題図書となりました。

すばこ
 キム・ファン文
 イ・スンウォン絵
 ほるぷ出版

    

 巣箱は人がつくった鳥の家。でも、はじめは、なんと、鳥を捕まえるワナだったのだ! はじめに巣箱をつくったのは、ドイツのベルレプシュ男爵という、舌を噛みそうな名前の貴族で、彼は広大な領地を所有していた。その広さは日本では信じられないほどの規模だ。巻末の説名によれば、13ヘクタールの森と40ヘクタールの果樹園という。鳥が大好きな男爵は、もっと多くの鳥にきてほしいと考えて、鳥たちが安心して子育てできる家をつくってやればいいと思いついた。そして、数万本の木のある森に数千個(巻末の説明によると3000個)の巣箱をかけた。
 しばらくして、男爵の領地のある地域に害虫が大発生し、植物の葉を食べてしまい、森や林がほとんど枯れてしまう。ところが男爵の森だけは……。

 巣箱が世界中に広がった経過、巣箱の種類などをすっきりした美しい絵で教えてくれる。本文の最後は、自然に対する人間のありかたへの作者の願いで終わっている。
 巣箱は小鳥を観察するために作ったものだとばかり思っていたので、巣箱にこんな歴史、そして働きがあるなんて、驚きだった。

 私の家の庭にも、小鳥がやってくる。スズメ、メジロ、ヤマガラ……。庭木の枝でさえずったり、土をつんつんしたりする(種や虫を食べているのだろうか)姿は可愛らしく、見ているだけで心が和むから大歓迎だ。巣箱を作ってみたいなと思ったこともある。でも、イチゴがなる季節のヒヨドリだけは嫌いで追い払う。赤くなったばかりのイチゴを食べてしまうからだ。こんな風に、人間は自分勝手なものだ。
 この絵本は、そうした自分勝手な人間と自然の関係について、考えるきっかけともなるだろう。でも、巣箱について知るだけでも、十分に楽しい。この絵本から、バードウォッチングや巣箱づくりと世界を広げてもいけるだろう。

*第63回青少年読書感想文全国コンクール 小学校低学年の部 課題図書

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