絵本

2020年7月15日 (水)

課題図書を読む『おれ、よびだしになる』

 今年はコロナで図書館が閉館になり、開館になってからも気楽に利用しにくくて、課題図書を読み始めるのが遅れてしまった。もう7月で子どもたちに読んで欲しいので、今回紹介する絵本と、つぎの1冊で読み納めです。

おれ、よびだしになる
 中川ひろたか文
 石田えりこ絵
 アリス館

   

 テレビの大相撲中継を見て、「ぼく」は「よびだし」に憧れる。土俵で、扇子を持ち、足元のすぼんだ袴姿で「ひがーしー、○○うみ~。に~し~……」と、呼びあげをするあの人だ。
 久留米に暮らす「ぼく」は5歳のとき、九州場所を見に行き、本物の「よびだし」に運良く声をかけられ、稽古場を見学させてもらう。そこでさらに「よびだし」に憧れて、「おれ、よびだしになる」と決心。毎年、九州場所があるたび稽古場を見学していたが、中学卒業とともに、本当に「よびだし」になる。

 絵本では、そのあとの呼び出しになってからの生活、修行を描きつつ、「よびだし」の仕事を紹介していく。それは、私には未知の驚きのことばかりだった。いちばん驚いたのは「よびだし」が、相撲部屋に属していること。小柄に見える(力士の近くで見るから小柄に見えるのだろうが)「よびだし」が、あの大きな力士と寝食をともにしていたのだ。土俵を作るのも、「よびだし」であることも、はじめて知った。
 他にも初めて知ることばかりで、最後まで興味深く読んだ。次に大相撲中継を見るときには、きっと「よびだし」に注目するだろう(ただ、今年の夏場所は、国技館で無観客の予定のようで寂しい)。

 絵は白黒の絵の一部に色を添えてある。たいていは、要所がほんのりと染めてあるのだが、のぼりや懸賞幕だけは、実物そのものに、色とりどりに塗られている。白黒の絵の中にあって、その派手やかさは、目を引き、効果的だ。懸賞幕は、画家が遊んで、おもしろい描き込みをしているので、よく見てほしい。

 力士ではなくて「よびだし」に憧れる子がいるとは、私には思いもつかぬことだった。でも、背筋をしゃんとのばして、張りのある声をあげ独特のふしで呼び上げる姿は、テレビ観戦している小さな子の心をひきつけてもおかしくない。
 それにしても、大相撲をテレビで見てたのに、「よびだし」という名も実は知らなかった私に比べて、「ぼく」は、よほど熱心に見ていたのだろう。5歳のときにはすでに、よびだしが太鼓を叩くことも知っている。「ぼく」がテレビを見て扇子を広げ「よびだし」のまねをしている場面では、太鼓のバチのような物も床に転がっている。そしてその奥に見える台所では、お母さんが、きっと息子の声を聞いているのだろう、微笑みながら料理をしている。きっとこの家では、子どもの「好き」を大事にしているのだと思う。

 子どもたちは、いろいろな世界に興味を持ち憧れる。その間口を広げて、応援するのが大人の役目じゃないかと思う。

 


*第66回青少年読書感想文全国コンクール 小学校低学年の部 課題図書。
 

2020年3月 5日 (木)

小学校女子の微妙な心を描く、あいちゃん、ともちゃんシリーズ

 この数年、くすのきしげのりさんの絵本が多数出版され、おはなし会でもよく読まれている。そこには、子どもの日常生活に起こる出来事から、子どもが悩み考え、健やかに成長していく姿がある。その姿は、子どもたちにとっては共感しやすく、子どもの成長を願う大人にとって、喜ばしく、感動的だ。子どもに接する自身の態度を反省させられることもある。
 くすのきさんは、長年教職を勤め、たくさんの子に出会ってこられた。様々な個性をもつ子どもたちの中のひとりに焦点をあて、ある出来事を通して、その子の気持ちの変化を描き出すのが、とても巧みだ。

 

ええところ (絵本単品)』『へなちょこ』『ひとりでぼっち』は、
ええところ (絵本単品)』と『へなちょこ』は、親友のあいちゃん、ともちゃんが、それぞれ主人公。あいちゃんは、背が低く、運動も苦手な、おとなしい子。ともちゃんは、運動が得意で、だれとでもはきはき話せる活発な子。対照的なふたりなのだが、だからこそ相性がいい。『ええところ (絵本単品)』では劣等感を持つあいちゃんの「ええところ」を、ともちゃんがみつけて励まし、『へなちょこ』では、何でもできるからこそ隠したい、ともちゃんの「へなちょこ」な弱点をあいちゃんが受けとめ、その克服を助ける。
 2作品ともに共通しているのは、あいちゃんとともちゃん、ふたりが相手を思いやるやさしさ。ふたりの友情のような、裏のない、ほっとできる関係は、女子が最も求めているものだろう。

へなちょこ』の出版からから約7年たって、『ひとりでぼっち』で、あいちゃん、ともちゃんのクラスメート、はなちゃんが登場した。はなちゃんは、引っ込み思案で空想好きな子。いじめを受けているわけではないけれど、いつもぐずぐずしているうち、気がつくと「ひとりぼっち」になっている。ひとりでいるのも好きだから、まあ、いいかと思っているけれど、内心、ちょっぴり寂しい。それで、いっそ自分から進んでひとりぼっちになって、「ひとりでぼっち」をしようと考える。
 ひとりが好き、でも、いつも、みんなのなかで、ひとりは寂しい、だけど、仲間に入る勇気がない。だから、ひとりでひとりを楽しもう。そんなさても複雑な思いと強がりで、心はぐちゃぐちゃになっている。
 そんな、はなちゃんに、なにかと声をかけるのは、活発なともちゃん。その近くには、いつも、親友のあいちゃんがいて、いっしょにはなちゃんを思いやる。そして、はなちゃんを、みんなの輪の中へ、さりげなく誘い入れるのだ。

 学校の友達関係が、こんな思いやりにあふれていたら、どんなに素敵だろう。実際の学校生活は、こんなではないかもしれない。私が子どものとき経験からいえば、仲良しの中でも、競争心や妬みがあって、意地悪や陰口が行われている。でも、子どもたちは、あいちゃん、ともちゃんのような思いやりにあふれたやさしい子でいたい、そういう友達がほしいと心から願っているはずだ。だから、共感できる子が登場する、このシリーズは、女の子たちの心をほっとやわらげ、癒やしてくれると思う。

  
 

 さて、このシリーズのもうひとつの大きな特色、魅力は、イラストレーターふるしょうようこさんの絵だ。やわらかな線とパステルカラーのやさしい色合い、現実にファンタジーを組み合わせて、心の機微を映し出す絵は、小学生女子の心をきゅんとさせるだろう。 悲しい気持ちを、ブルー系の模様の背景やデフォルメした涙で表したり(『ええところ (絵本単品)』)、陰で表したり(『へなちょこ』)、嬉しい気持ちのページでは、花が飛び出していたり。私が好きなのは、『』の縄と、ユーモラスな縄おばけだ。
 3作の表紙、裏表紙をくらべて見ると、また楽しい。表紙にはそれぞれの主人公の顔がある。かわいい丸い目のあいちゃん、きりっとつり目のともちゃん、さらっと切れ長の目のはなちゃん。それぞれが、そのイメージに合った花に囲まれている。そして、裏表紙では、『ええところ (絵本単品)』『へなちょこ』で、あいちゃん、ともちゃん二人の下校姿だったのが、『』では、本をもって帰るはなちゃんに、あいちゃん、ともちゃんが後から声をかけている。こうして、ひとりひとりの個性を尊重している感じが、とても気持ちいい。

 このシリーズ、この先も続いて、尊重しあえる仲間が、ひとりずつ増えていったら、楽しいと思う。

#ひとりでぼっち #NetGalleyJP
https://www.netgalley.jp/book/174839/review/592770

 NetGalleyのプレゼント企画で、『ひとりでぼっち』をプレゼントしていただきました。

  Img1190thumb1 

あいちゃん、ともちゃん、はなちゃんとの出会いを、

ありがとうございます。

 

 

2019年7月 3日 (水)

課題図書を読む『もぐらはすごい』

この絵本は、昨年の初夏に出版され、すぐに小学校の読み聞かせの人たちのなかで話題になった。

もぐらはすごい
 アヤ井 アキコ作
 川田伸一郎監修
 アリス館

    

 もぐらって、名前はよく知っているけれど、私は見たことがない。もぐらづかは見たことがある。というか、地面にこんもり盛り上がっているところがあって、これはもぐらの穴だよと人に言われて、そうなんだなあと思っていただけなのだ。

 そんな、知っているようで、実はよく知らないもぐらの生態を、この絵本が実にわかりやすく、そして楽しく教えてくれる。
 もぐらの暮らし方や体の秘密。地面を掘るのに適した手の構造、敏感な感覚器「アイマー器官」、ものすごく広範囲な巣。知らないことばかりで驚きの連続だ。
 手のひらが、人間と違って、外側についていたなんて。水泳の平泳ぎなんか、得意かもしれない。土の中の巣に、たった一匹ですんでいるらしい。暗闇の中で一人なんて、孤独ではないのだろうか? それとも自由できままな一人暮らしを満喫しているんだろうか?
 一生のほとんどを土の中にいるなんて、人間の目から見たら、とても不思議なのだが、きっとこれは、小さな動物であるもぐらが生き延びていくために進化してきた姿なのだろう。

 巻末にはモグラ博士である、監修の川田真一郎氏の説明がさらに付け加えられていて、好奇心をそそる。いまだに謎が多くて、オスとメスの出会いなど、解明されていないことがたくさんあるらしい。研究したくなる読者もあるはず。

 低学年の課題図書だけれど、高学年、中学生でも十分面白いと思う。

 
*第65回青少年読書感想文全国コンクール 小学校低学年の部 課題図書。

2019年6月21日 (金)

課題図書を読む『スタンリーとちいさな火星人』

 大人目線・親目線で読むと、微笑ましくて、ふふっと笑わずにいられない作品。主人公のスタンリーが抱きしめたくなるほどかわいい。


スタンリーとちいさな火星人
 サイモン・ジェームズ作
 千葉茂樹訳
 あすなろ書房

     

 母さんがとまりがけの仕事へ出る日、スタンリーは段ボールの宇宙船に乗り地球を離れた。帰ってきた宇宙船からでてきたのは、スタンリーそっくりの火星人。火星人はスタンリーの家で、父さんや兄さんと夜を過ごし、学校で友だちと喧嘩をする。でも、母さんが帰ってくると、火星人は……。

 スタンリーは、何歳だろう? 学校へいっていて、ちゃんと自分のことはできる。幼児からちょうど抜け出したばかりの年ごろだ。大きくなったのだから、母親がいなくても大丈夫。父親のいうことをきいて、いい子にすることだってできるはず。でも、やっぱりさみしくてたまらない。その寂しさ、寂しい思いをさせられる怒りなど、面白くない、もやもやした気持ちを、火星人になってわがままをいうことで、発散させようとしている。

 少し年上でもう母から自立している兄さんは、火星人になったスタンリーを多分面白がりながら、父親はため息つきながら、火星人になったスタンリーに調子を合わす。
 父親は、なに馬鹿なことしてるんだと、頭ごなしに叱らない。でも、火星人でも地球では寝る時間に寝なくちゃいけないなど、やるべきことだけきちっとやらせて、余裕を持って接する。その姿が、親として素晴らしいと思う。

 子どもの視線、スタンリーの立場からこの作品を読むとどうだろう?
 火星人になって、母親がいるときならちゃんとすること(手を洗うとか、歯を磨くとか)をしないでいる。それは、罪悪感をちょっぴり感じる、でもちょっとやってみたい、ドキドキする冒険だ。悪いことをしているのは、スタンリーではなく火星人だという、いいわけもある。子ども読者は自分もやってみたいなと思うかもしれない。
 でもやっぱり一番心配なのは、火星から帰ってきたスタンリーを母親がどう思うか? 子どもたちは、素敵なラストに胸がキュンとなるだろう。

 ラフな線と淡い色彩でせ描かれた絵は、体の動きも、表情も控えめ。目は点で、口の線だ。でも、そこから不思議と登場人物たちの心の動きが細やかに感じられる。派手な表情がないことで、かえって想像の余地が生まれ、物語に沿った感情を、読者自身の心で感じとれる。

 大人目線と子ども目線と、まったく違う読み方ができる作品だ。子どもたちの読書感想文、読んでみたいと思う。

*第65回青少年読書感想文全国コンクール 小学校低学年の部 課題図書。

 

 

2018年6月25日 (月)

課題図書を読む『すごいね! みんなの通学路』

 途上国の子どもたちを支援してきた国際NGOプラン。そのなかのプラン・カナダによりつくられた絵本。巻末の作者紹介によれば、ローズマリー・マカーニー氏はプラン・カナダの前代表だそうです。

すごいね!みんなの通学路
 ローズマリー・マカーニー文
 西田佳子訳
 西村書店

     

 世界の子どもたちの通学路を写真で紹介する写真絵本。
 最初に出てくる通学路は、地震・津波のあとの日本と、台風のあとのフィリピン。でも、これは非常時。次はアメリカのバス通学。これは、日本でもあるかもしれない。あまり珍しくない。
 そのあとから、ええーっと驚きの声をあげたくなる通学路が次々と登場する。川を渡るのに、半ズボンのすそをたくしあげて歩いたり、舟をこぐのは、まだ序の口。空中に渡したロープをたぐったり、ワイヤーを上下に2本渡しただけの橋をつたったり。まるで、フィールドアスレチックをしているみたい。楽しそう? でも、遊んでいるんじゃない。とても危険だ。
 危険といえば、険しい山のある中国の通学路も恐ろしい。文字通り一歩間違えたら、滑落事故になってしまう。
 いろいろな動物を利用していく子もいる。これは、日本の子には、うらやましいかもしれない。カナダの犬ぞりは、かっこいい。

 通学路は学校へ行く道。なのに、世界じゅうで、こんなに違っている! 通学路を見るだけで、いろいろな国の知らない世界が見えてくる。子どもたちの身近な通学路を通して、世界を見る、世界の窓となる絵本。

 なお、中表紙前には、ノーベル平和賞を受賞したマララさんの寄付で開校された、シリア難民キャンプの学校、中表紙を捲ると、フィリピンのストリートチルドレンと思われる女の子の写真がある。この2枚の写真から、世界中のすべての子が、学校で学べることを願ってつくられた絵本であることが感じられる。
 
*第64回青少年読書感想文全国コンクール 小学校中学年の部 課題図書

2018年6月19日 (火)

課題図書を読む『がっこうだってどきどきしてる』

 クリスチャン・ロビンソンは、イラストを描いた『おばあちゃんと バスにのって』でニューベリー賞を受賞、コールデコット賞ではオナーに選ばれている。『おばあちゃんと バスにのって』のほかに、『ガストン (講談社の翻訳絵本)も、私は好きです。

がっこうだって どきどきしてる
 アダム・レックス文
 クリスチャン・ロビンソン絵
 なかがわちひろ訳
 WAVE出版

     

 建てられたばかりのぴかぴかの学校は、自分が何者か知らない。ドアの上に「がっこう」と書いてあるので学校だと知り、用務員さんから、じきに子どもたちが大勢来て勉強したり遊んだりすると教えてもらう。子どもたちが初めて来る日、学校は、たくさんの子どもをどきどきして見る。いろんな子がいる。走り回る子、ジャングルジムによじのぼる子。学校が嫌いな子もいる。それを知ると、学校も嫌な気持ちになる。給食、勉強とにぎやかな一日が終わり……。、

 子どもにとって、はじめての学校はどきどきわくわく。期待と不安の入り混じった気持ちを、視点をくるりと回転して学校側から描き、学校がどんなところか、子どもたちに紹介する。学校が擬人化され、まるで、読み手の子どもたちの、友だちの一人のようだ。
 白地の背景にしたクリスチャン・ロビンソンのカラフルな絵は、、必要なことを、すっきりと見せている。そこには、アメリカの絵本らしく、多種多様の子どもがいる。肌の色、髪の色、服装が違うだけでなく、スケボーの子や車いすの子、活発な子や内気な子……。教室での授業の様子は、日本と思うとずいぶん自由な感じだ。でも、給食のときの牛乳で遊ぶ子は、日本でもありそう。
 日本の子には、学校のことだけでなく、世界の多様性を知るきっかけにもなるだろう。

*第64回青少年読書感想文全国コンクール 小学校低学年の部 課題図書

2018年6月12日 (火)

課題図書を読む『なずず このっぺ』

 2017年コルデコット賞のオナー作品に選ばれたという本。とても斬新でした!!

なずず このっぺ?
 カーソン・エリス作
 アーサー・ビナード訳
 フレーベル館

     

 地面から出てきた芽をみつけて、虫たちがなにやら話している。「なずず このっぺ?」「わっばど がららん」。どうやら虫語らしい。「これ、なんだろ?」「さあ、わからん」とでもいっているのだろうか? 芽の隣では丸太がころがっていて、毛虫が「じゃじゃこん!」といって、枝にぶら下がると、さなぎになる。
 芽はのびて花が咲き、やがて、しおれる。丸太のさなぎからは蛾が生まれる。そして、雪が降り、また春になって芽が出る。すると、「なずず このっぺ」「じゃじゃこん」の会話が戻ってくる。繰り返される、虫たちの1年のドラマだ。

 ドラマの中心になるのは3匹の虫。そのうち1匹はテントウムシだけれど、後の2匹ははっきりわからない。なにかの小さな甲虫だろうか? この3匹が、伸びてきた植物に、はしごや木材をもってきて、自分たちの住処にする。ところが、クモがやってきて、そこに巣をつくってしまった。がっかりしていると、鳥がクモを一撃。虫たちは、またそこを住処にする。

 その間に交わされる言葉は、わけのわからない虫語だけ。素朴で懐かしいような響きがあるけれど、意味は分かったような、分からないような。全身で気持ちを表している虫たちと状況から想像するしかない。でも、読者がどう想像して、どう訳しても、間違いではないだろう。
 たとえば、クモが住処にやってきたとき、「ムクジャランカ!」という声が行きかう。「ムクジャランカ」はクモの意味だろうか? このクモは毛がいっぱい生えているから、「毛むくじゃら」という意味かもしれない。一匹は、「フンレンガ ぽしゃり……」とかなり落胆しているが、クモがいなくなると、飛びあかって喜び「ムクジャランカ ぽしゃり!」。「ぽしゃり」は、「なくなる」ということ? それとも「おしまい」? 
 植物に花が咲いた時はにぎやかだ。「みりご めりご ルンバボン!」と、喜びに満ちている。何と言っているか定かではないが、なんだかウキウキしてくるではないか。

 美しい色彩の絵は、全ページ、アングルは一緒で、丸太と植物と虫たちが、季節の移り変わりとともに変わっていく。デザイン化されユーモラスな動きを見せる様々な虫たち。夜の美しい場面。細々と書かれた虫の家財道具。見るたびに発見があり、想像が膨らむ。

 くりかえしページを捲って、虫語の素朴な響きを味わい、意味をくみとり、絵を眺めれば、もしかしたら、いつのまにか、虫語がわかってくるかもしれない。
 虫の国へようこそ! さあ、虫たちと会話しよう。

*第64回青少年読書感想文全国コンクール 小学校低学年の部 課題図書

2018年6月 5日 (火)

課題図書を読む『森のおくから むかし、カナダであった ほんとうのはなし』

 作者あとがきによれば、作者の亡くなった祖父が本当に体験した出来事とのこと。作者は、祖父が母に話し、母が作者に話したこの驚くべき出来事を、自分の子どもに話してやりたいと、書いている。家族に語り継がれてきた本当の話が、こうして絵本になって、合衆国で、日本で、世界に語り継がれることになった。きっと多くの人の印象に残るはずだ。

森のおくから―むかし、カナダであったほんとうのはなし
 レベッカ・ボンド作
 もりうちすみこ訳
 ゴブリン書房

     

 1914年。10歳のアントニオはカナダの森のなかのゴーガンダ湖のほとりに住んでいた。おかあさんがホテルをやっていたからだ。ホテルは3階建てで、1階は食堂、2階は宿泊の個室、3階は大部屋でいくつも2段ベッドが並んでいた。大部屋の客は、森で木を切ったり、銀の鉱石を掘り出したり、狩りをして長期間泊まつた。小さなアントニオは、ホテルで働く人や泊まる人の中に入って、遊んだり、話を聞いたりした。森に行けば、動物の足跡や寝た跡をみつけたが、実際に動物の姿を見たことはなかった。動物たちは、アントニオが行けるより、もっと深い森に身を隠していたのだ。
 晴天が続いて、森がからからにかわいたある日、森から煙がたちのぼった。山火事が起きたのだ。火はあっというまに燃え広がり、アントニオたち人間の住むところまでせまつてきた。アントニオもお母さんも宿泊客もみな、ゴーガンダ湖に逃げるしかなかった。火はどんどん激しくなり、アントニオたちは水につかって、どんどん深いところまで逃げた。そのとき、信じられないことが起きる。森から動物たちが逃げてきたのだ……。

 まるで映画のような、神々しいお話に、本当にこんなことがあるなんて……と感嘆して読んだ。当時たった5歳だったアントニオの生涯忘れない記憶になったというのも、頷ける。
 人間が動物を狩り、オオカミはシカを襲い、キツネはウサギを追う。そうした本来の習性を忘れて、炎という圧倒的な怪物を前に、人間と動物がふしぎな連帯感で繋がった。荒れ狂う炎の前には、人も動物も少しも変わらない、無力な小さい生き物だったのだ。
 出来事が終息した後、人間と動物は、静かに元の場所に戻っていく。そこには静けさが漂っていて、この驚くべき出来事の神秘さをさらに強く感じた。

 ところで、絵本の前半では、約100年前のカナダの森のホテルが、5歳のアントニオを介して紹介されている。作者の祖父の話を元に描かれたのだろう。セピア色を基調にしたページは、古い時代への郷愁と好奇心をかきたてる。当時の生活の一端が映し出された、この前半の数ページも、不思議さの漂う後半に劣らず魅力的だ。
 森で働く男たちが、何人もいっしょに寝泊りし、男たちの扱う道具とタバコと体臭がこもった部屋。様々な国の言葉がいきかい、がやがやと騒がしくても、明かりが消えて真っ暗になれば、労働で疲れた体はすぐに眠り落ち、外の葉擦れのおささえ聞こえるほどしんとする。そこは、汗臭い人間の血が通う空間だ。
 幼いアントニオは、きっとこうしたたくましい男たちを憧れの目で見ていたことだろう。男たちも、自由に部屋に出入りするアントニオを、宿のぼうやとして、受け入れ、かわいがっていただろう。アントニオのお母さんのホテルは、人間同士の垣根が低い場所だったのだと思う。

 当時のカナダの森で働く人々を知り、また動物たちとの神秘的なつながりを疑似体験ができる。子どもにも大人にも印象深い絵本になるだろう。、

*第64回青少年読書感想文全国コンクール 小学校中学年の部 課題図書

 作者のレベッカ・ボンドは、2017年8月(この作品の邦訳がでてすぐだ!)に45歳で亡くなったという。今まで、『あかちゃんのゆりかご (世界の絵本)』『牛をかぶったカメラマン―キーアトン兄弟の物語』などの作品を読んだことがあり、絵が素晴らしく、これからが楽しみな作家だと思っていたのでショック! パブリリッシャ―ズ・ウィークリーの記事に、" died on August 2 after a brief illness." とあった。あっけなく亡くなってしまったのだろうか? 

2018年6月 1日 (金)

課題図書を読む『ルラルさんのだいくしごと』

ルラルさんのにわ (いとうひろしの本)』からはじまったルラルさんシリーズ。1巻で、心が狭くケチだったルラルさんは、すっかり心の広いやさしいおじさんになって、庭のみんな(ネコ、サル、ブタ、ワニなどの動物たち)と、いろいろなことをしてきた。ルラルさんシリーズのお話は、どれも、ほわっとあたたかいもので、心を包んでくれて、大好きだけれど、まさか、8作目にして、課題図書となるとは思わなかった!!

ルラルさんのだいくしごと (いとうひろしの本)
 いとうひろし作
 ポプラ社

     

 ルラルさんは、大工仕事がとても上手。ある日、雨もりを直そうと、梯子をつかって屋根へ。瓦のひびをうめて、もう大丈夫。さあ、屋根をおりようとしたけれど、梯子がない! 梯子が地面にたおれてしまったのだ。梯子をたてかけてもらおうと、庭のみんなに声をかける。みんな来てくれたけれど、梯子が、きしゃごっこするのに、ぴったりだったものだから……。

 動物たちが梯子の電車で庭からでていったものだから、ルラルさんは屋根のうえで呆然となる。でも、ここで、かっかと怒りだしたり、なんとかして降りようと奮闘したりはしないのが、ルラルさんだ。屋根からおりて、やりたいことがあるけれど、ま、しかたないと、さっさと、あきらめて寝ころべば、思いがけず、こんなことが起きなければ得られない素敵な時間となる。
 ルラルさんみたいに、不測の事態に無駄に抵抗せず、さっと心の切り替え、あるがままを受けとめて楽しめたら、どんなに心が穏やかだろう。自分の意志に固執せずに、物事の流れにのって、その景色を堪能する。ああ、ルラルさんを見ていると、気がほっとぬけて楽になるな、ルラルさんみたいに生きたいなと素直に思える。現実的な考えれば、屋根の上にずっといたら、熱中症になるんじゃないかと、気になるが……。

 白を背景にした明るく淡い色調の絵は、ルラルさんシリーズのほんわかした世界観を生み出している。シンプルな線で描かれているが、ルラルさんと動物たちの表情が、生き生きと伝わってくる。動物たちはいつもにこにこして、楽しくてしょうがないという様子だし、ルラルさんは様々な表情を見せている。目や口の線が表情をつくるだけではない。ルラルさんの呆然とした様子は、小さな立ち姿と、禿げ頭の後ろ姿が十二分に表している。私たち読む者は、ルラルさんワールドにすっぽりはいりこみ、いつのまにか庭のみんなの中のひとりになってしまう。
 あくせくしていたら、心が疲れたら、いつでももどってきたい世界だ。

 小さな子どもたちは、どうだろう。こんな世界にいてほしいなあ。

*第64回青少年読書感想文全国コンクール 小学校低学年の部 課題図書

2017年7月 8日 (土)

課題図書を読む『耳の聞こえないメジャーリーガー ウィリアム・ホイ』

 絵本のタイトルのとおり、「耳の聞こえないメジャーリーガー、ウィリアム・ホイ」の伝記なのだが、この人は、1862年生まれ。南北戦争の時、生まれた人がプロ野球選手になっていたというアメリカのプロ野球の歴史に、まず、無知な私は驚いてしまった。ウィキベディアで調べると、1860年代初めにはプロ野球選手が存在していて、1868年に初めてプロだけのチームができたという。ラジオ放送もまだ行われていない頃のプロ野球とはどんなだろう? 人々は、じかに観戦するほかに、新聞などで勝敗や試合の状況を知ったのだろうか? 絵本とは全く関係ない素朴な疑問ですが……。。

耳の聞こえないメジャーリーガー ウィリアム・ホイ
 ナンシー・チャーニン文
 ジェズ・ツヤ絵
 斉藤洋訳
 光村教育図書

     

 ウィリアム・エルスワース・ホイは、耳が聞こえない障がいを持ちながら、1886年、野球選手になり、1888~1902年メジャーリーガーとして活躍した。彼は、ろう学校の野球チームに入りたくて練習に励み上達したが、身長が低いという理由でチームに入れなかった。卒業後、靴の修理店につとめていたとき、偶然ある野球チームの人に認められ入団のチャンスを得る。だが、耳が聞こえないからと給料を下げられたり、同僚から陰口を言われたりした。それでも、ウィリアムはチームをいくつも移り、がんばり続けた。
 ある日、3振したがストライクという審判の声が聞こえず、そのままバッターボッスに立ち続けて選手や観衆から嘲笑を受ける。この時代、審判は声だけで判定を表していたのだ。ここの出来事を機に、ウィリアムは審判のジェスチャーを審判に提案、さらにはチーム内のサインを考える。それが、今の審判のジェスチャーやチームのサインにつながる。その後、彼はメジャーリーグの選手となり活躍する。

 ウィリアムは、大好きな野球をたゆまず努力し続けて夢を達成した。しかも、たに障がいを乗り越えただけでない。障がいに関係なくプレイできるよう、野球のやり方を変えたのだ。さらにその新しいやり方は、他の選手や観衆にとってもよいものとなった。
 学校のチームに入れなかった時も、プロに入って障がいのために不公平な扱いを受けた時も、ウィリアムは前向きだった。つねに自分を卑下することなく、プライドを持っていたのだと思う。それは、お母さんが、ウィリアムの生まれた時からずっと、彼の成長をにこにこと笑って見守って、彼の自尊心を育ててきたからだろう。彼とお母さんとのつながりが、絵本ではさりげなく描かれていて、あたたかい気持ちにしてくれる。

 前向きな努力の素晴らしさを伝える一方で、この絵本はバリアフリーの素晴らしいお手本にもなっている。ウィリアムは、他の選手と同等にプレイする権利を堂々と主張し、審判やチームメイトはそれを真摯に聞き入れ、野球をさらに魅力あるスポーツにした。
 障がい者の困難を、他の人たちは気づけなかったり、理解できていなかったりする。分っていながら、多数派である自分たちのやり方を意固地に守りたがることもある。そうした障がい者とそうでないもののバリアをウィリアムは、野球への愛で取り払った。また、ウィリアムの提案を真摯にうけいれた当時の審判や選手たちも素晴らしい。
 すべての人を励ますバリアフリーな絵本。

*第63回青少年読書感想文全国コンクール 小学校中学年の部 課題図書

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