日記・コラム・つぶやき

2007年3月28日 (水)

わからないこと

市立図書館へでかけていったら、おはなし会でお世話になっている司書さんから突然、「4月から連絡所に異動になりました」といわれ、言葉を失ってしまった。思うのは、司書職なのになぜ?ということばかり。一度、専門の外へでて、修行したあと、また専門に戻ることは、専門職の人にはあることなのかもしれない。
でも、この3月には退職される司書さんがいて、わたしは、その仕事を引き継ぐのは、彼女だとばかり思っていたので、信じられない。
おはなし会にもとても熱心に取り組んでいらっしゃって、講習会もしてくださっていたのに。

3月31日の日は、ストーリーテリングによるおはなし会が図書館であり、彼女も、助っ人で語ってくださることになっている。いいおはなし会にしよう。

2007年3月27日 (火)

花束を贈る会(花束贈呈式)

昨日、息子の通う小学校は終了式。そのあと、異動のある先生の「花束を贈る会」(正式名称は花束贈呈式でした。4/2追加)があった。
昨年まで、わたしは出席したことがないのだが、今年度は地区長で先生との交流も多く、登下校担当のO先生が、異動される予感がしたので、出席した。
やはり、O先生は異動だった。ほかにも教頭先生、7年間勤められた先生2名、3年勤められた若い先生、遠くの県へ嫁ぐため退職される若い女の先生など、10名の異動だった。
O先生は、体格もよく強面の先生だ。怖い先生という印象があったのだが、登校指導を通しておはなしをさせてもらうことが多くなり、意外に繊細で優しい先生だとわかった。人懐っこい女の子はO先生に会うたびに、こっそり、張り出たお腹にさわっていき、先生もふふっと笑っている。
また、生徒のひとりひとりに心を配っていらっしゃったように思う。激しくけんかした子たちを叱り、そのあとで「あの子たちは納得がいかないかもしれないな」とつぶやいてみえたこともあった。また、登校途中で吐いた子を連絡すると、心配して教室まで見に行かれたこともあった。春近くになって突然雪が降った日、分団から離れているひとりとぼとぼと歩いている子を、O先生は車で登校するときに発見。心配して学校でその子を待って話を聞き、その子が実は雪だまをつくっていて遅れたと話すと、こらっといいながら、笑っていらっしゃったのは、特に印象深い。

O先生は挨拶で、この学校はすばらしかったけれど、ひとつだけ悲しいことがあったと、1昨年交通事故でなくなった生徒のことにふれられた。そして、命を大事にしてほしいと子どもたちに話しかけられた。心からわきあがってくる言葉は力を持つ。子どもたちの心にきっと届いたと思う。

子どもたちから花束贈呈があり、先生方の退場となった。出口近くにいたわたしは先生と視線を合わすことができ、お別れができた。
息子の話では5年生のところへきて、「みんなと卒業式をしたかった」と涙ぐんでおっしゃったそうだ。

他のお母さんが他のおはなしでは、若い先生は3年、古カブの先生は7年で異動するのが普通らしい。6年で異動ということは、年齢的に考えて、昇進なのかもしれない。O先生を失ってしまう穴は大きいけれど、どうぞ、先生、お元気でご活躍を。

2006年12月10日 (日)

息子、足にひびをいれる

先週の月曜日、息子が遊具から落ち、左足の小指と薬指の付け根のところの骨を痛め(ひび)、しばらく松葉杖のやっかいになります。怪我は年内中になんとか直りそうですが、松葉杖生活に親子ともなれないものだから、おちつかず、Blogの更新ができないまま、あっというまに一週間過ぎてしまいました。息子はいまや普通に歩くより早く移動できるようになりました。わたしもようやく、お風呂のあとの着替えやら、学校の送り迎えやらなれてきたところです。まだ、足がすこし腫れているけれど、足の痛みがとれてきたので、治ってきているんだと思います。体を動かすのが大好きな息子が、静かにしていなければならないのはかわいそうですが、仕方ない。はやく、よくなーれ。

2006年9月 8日 (金)

手づくり絵本大賞

ずっと、Blogが更新できなかったのは、手づくり絵本大賞にかかりっきりだったからです。

我が市では、毎年1回、手づくり絵本のコンクールがあります。子どもたちが、学校の夏休みの宿題として取り組めるように、提出締め切りは9月初旬。今年は、今日が最終締め切りでした。

わたしは、5年前から参加しています。賞がいただける作品は、とてもとてもできませんが、好きなように創作していくのが、とても楽しいのです。

毎年、暑い上に、子どもがどたばたして、思考回路がストップする夏休みを創作時間にあててきました。絵本にとりかかると、没頭して、まわりの騒音が気にならなくなるから不思議です。
でも、でも、でも、今年は、会長をしているおはなし会グループや地区長の仕事、さらにスポ少に入った息子の試合観戦と、ほとんど毎日のように外出しなければならず、絵本にとりかかるのが、なんと8月の最終週になってしまいました。9月に入ってからは、さらに家にいられる時間は少なく、あきらめかけたのですが、細切れの時間をつないで、なんとか進めました。出来上がった原画を1枚、何を血迷ったか、ためしがきの絵とまちがって切ってしまうなんて、ハプニングも一度ありましたが、なんとか昨日、ほぼ全ページを仕上げました。

ここまでやったら、もう提出しないではいられません。今日は、ストリーテリングの勉強会をお休みして、朝から製本。お昼近くになって、表紙絵を書く場所を間違えていることに気がつき、文房具屋まで表紙の紙を買いに走りました。そうして、ようやく、2時に涙の完成となりました。
と、晴れていたのに、突然の豪雨がやってきて、雨で5時までにもっていけなかったらどうしようと心配しましたが、雨は30分ほどで上がり、3時半、無事提出しました。まだ、のりが乾いていないけれど、まあ仕方ありません。

例年なら、オットと子どもに見せて大いに自慢するのですが、今回はそれができなかったのが残念です。この2週間、ものすごく忙しくて、いろいろと悩めることもあったのですが、、創作しているあいだは、悩みやストレスなんかすっかり忘れてしまえて、気持ちが穏やかだったように思います。そして、出来上がったときの満足感と喜びのなんと大きかったことか。
提出したあと、大切な宝物をなくしたような寂しさをふと感じました。そして、帰路の眠かったこと。気が抜けてしまいました。

さて、このコンクールには、息子も夏休みの一作品として提出しています。図工の苦手で、絵を描くのは面倒くさいはずの息子ですが、なぜか、参加したがり、もうこれで3回目の参加です。親子そろって下手の横好きというわけです。

2006年8月 7日 (月)

息子のあつーい夏休み

猛暑が続き、へばり気味。

パソコンも突然かたまったり、ブルー画面になったりとへばり気味。そろそろ危ないかもしれない。

先週土曜日の地元図書館でのおはなし会は、涼しい図書館で幸せだった。

そのあいだに息子は、先月から入れてもらった、スポーツ少年団のサッカーの練習へ。
夕方、帰ってきていうには、「ゲロしちゃいましたー」。練習をはじめてすぐに気持ちが悪くなりもどしたあと、すこし休憩したら、すっきりしたのでまた練習に参加し、最後までやってきたらしい。どうやら、お昼ごはんを詰めこみすぎたのもいけなかったらしい。
でも、37度をおそらく越えていた午後の炎天下の中、気分が悪くなるのは当たり前だろう。そこまでがんばって練習しなくともいいのにと思うのだが、入団したばかりの息子は早く友だちに追いつきたいばかりだ。

さらに、昨日日曜日の午後は、練習試合。息子たちのチームはメンバーが少なくて、息子もいきなりレギュラー。わたしは送迎だけするつもりだったけれど、心配でたまらず、ずっと観戦することに。

1試合目。息子の動きがなんだかのろい。はじめからへばっている感じだ。その試合が終わりテントにもどってきた息子は無言。ほかの子たちがおにぎりを食べたり、冗談をいいあったり、練習までしたりしているなか、ひとりごろりと地べたにねころぶ。私は、たまらず近くにいき、「もう帰ろうよ」といった。「話す余裕もないぐらいだよ。体調が悪いんだから帰ろう」。息子は首をふったきり。しばらくすると、すわっている友だちのそばへいき、はじめ無言だったが、そのうち、笑顔となり、冗談の環に加わった。わたしはすこし安心して、見守ることにした。

2試合目。息子は、なぜか張り切りだした。もちろん入団したての彼に好プレーは望めない。だが、走る、走る。とにかく、最後までやりきった。試合後も、元気で友だちと氷を背中に入れあったりしている。安堵した。

帰宅後、息子がいうには1試合目はやたらと緊張して動けなかったけれど、休憩中コーチに走れば走れると叱咤激励され、2試合目はがんばったら走れた。それでも、2試合ともあまり活躍できず、思うように身体が動かなかったのが、かなり悔しかったらしい。
昨夜は、疲れているのに興奮して、なかなか寝ようとしなかったが、練習してうまくなるしかないと気づくと、朝の自主練習に備えてベッドにはいった(しかし、今朝、すでに6時半をこえているのに、起きてこない、寝せておこう)。

わたしは一応、バレー部や陸上部に入っていたけれど、あまり運動は好きではなくて、学校で強制されて仕方なくやっていたほうなので、それほどまでがんばらなくてもいいのに、それでも身体でも壊したら大変なのに、と思う。だが、剣道部で鍛えられたオットは、息子の気持ちもわかるようだし、夏にがんばれば身体ができるなどと励ましている。そういうものかなあ。

好プレーできなかったと悔しがる息子よ。
  命のもちかえりこそ、好プレーの種。

2006年7月24日 (月)

雨の日の家族旅行

毎年、夏のこの時期に、オットが夏休みになるので、家族旅行をしている。土用のかんかん照りの頃のはずなのだけれど(梅干を干すころ)、ここ数年どうも怪しい。昨年は、台風がやってきて、今年も、まだ梅雨明けせず。そして、我が家も今日から3日間の家族旅行。

最初、初日は淡路島で海水浴の予定だったが、3、4日前に変更(キャンセル料はなくて、ほっ)。それでも海がすてられず、和歌山市に宿をとった。いまの調子の天気でいけば、初日は大阪天保山の海遊館、2、3日目はユニバーサルスタジオということになりそうだ。

昨年は、台風の前日鳥羽市菅島へいき、台風の大波を楽しみ、台風のきた日には志摩スペイン村へ。すきすきで、どのアトラクションも待ち時間ゼロ。オットと息子は気にいったアトラクションに4回も入り、わたしはその間にゆっくりショッピングと、それなりに堪能できた。
今年も、この天候なりの楽しみがきっとあるでしよう。

では、行ってきます。

2006年7月17日 (月)

オペラと豆腐やさん

昨日の午後は、オペラのレクチャーコンサートがあり、おもしろそうなので行ってみた。

モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」の一部を鑑賞しながら、芸大の講師の先生の解説を聞くという催しだ。伴奏のバイオリンとピアノ、歌唱の出演者は、ほとんどが芸大の卒業生なのだが、男性二人が、なんと市内のお豆腐やさん(バリトン)と水道修理やさん(テノール)だった!!

オペラなんてライブでは一度しか見たことのないわたしは、間近で見てきく歌と演奏に感激。女性の歌手はみなまだ若くてきれいで、全身で歌う姿がすがすがしくて、心が洗われるよう。がんばってねーと応援したい。
またお豆腐やさんと水道修理やさんも、本当にお上手で、しみじみと聞き入ってしまった。とくにお豆腐やさんは、いまでもコンテストに出演なさっているようで、こんな形で大好きを続けられるって、なんて素敵なことと思う。
若々しい女性の歌い手からも、おじさんの歌い手からも、エネルギーをたくさんいただいた。

でもいただいたのはそれだけではない。帰りには、手作りクッキーと寄せ豆腐と、おいしく煮たおからのお土産までいただいた。
オペラとお豆腐、ミスマッチだけれど、ホットな取り合わせ。コンサートもお土産も手づくりなのがいい。
今回はすでに9回目で10回目の予定もあるらしい。ああ、また、行きたいな。

2006年5月29日 (月)

昔ばなし大学語りコース終了

昨年から行っていた、昔ばなし大学語りコースが終了した。
オリエンテーションを含めて、6回の講座で、グループによる勉強会の場でそれぞれが2回語り、昨日、今日の2日間は、全員による発表だ。わたしは、息子が参観日の振り替え休日だったため、今日は涙ながら欠席。昨日語って終了となった。

語ったのは、再話コースのほうで再話した「天狗徳さ」。
この話は、わたしの住んでいる町にちかい場所に伝わるお話。わたしがおはなしをみつけて再話を希望したので、発表できて、とてもうれしかった。
大勢の大人、それも語りをする人ばかりのおはなし会で語るのは初めてなので、緊張してどうなることかと心配したが、以外に落ち着いて語れた。それどころか、楽しそうに聞いてもらえることに気をよくして、のりすぎて、かなり重要な1文をとばしてしまった。でも、話は違和感なくうまくつたわったらしい。
好きなお話を楽しく聞いてもらえる喜びが感じられる、すばらしい卒業の語りだったと思う。

みなさんの話も、それはそればバラエティに飛んでいて、小休止のほか、3時間あまりぶっ続けで聞き続けるのはしんどかったけれど、楽しかった。みんな、自分の個性や好みを、最後の語りに、思い切ってぶつけている感じ。それぞれに失敗もあるけれど、語り終えたあと、すがすがしい。

発表会がこういう雰囲気になったのは、講師の伊藤明美先生(浦安市中央図書館司書)のお力が大きいと思う。
先生は、勉強会のあいだ、ずっと、どの語り手にも自信をもたせてくださった。昨日も「みなさんは、十分に語れますから、あとは実践実践実践あるのみ」と力強く励ましてくださった。

ひとりひとりに、一口の講評も書いてくださり、わたしには「口跡がはっきりしている」と。もう舞い上がりそう。

試験はないので、修了書はいただけないそうだが、
「これからも、子どもたちに昔ばなし本来の語り口をたいせつにした語りを届けてください」とメッセージの書かれたカードもいただいた。
はい! がんばります。

2006年5月27日 (土)

小学校へ3往復

今日は、午前中に授業参観、午後に児童引渡し訓練かあり、わたしは、朝の登校時にサポーターとして1回、授業参観で1回、児童引とりに1回と小学校まで3往復した。

児童引渡し訓練は、東海地震注意情報が発令され、電話が不通になり、交通も麻痺している状態を想定して行われるもの。学校から地区長の元に連絡があり(ここは車で)、地区長が地区委員宅に徒歩または自転車で連絡に行き、地区委員から徒歩または自転車で連絡網をまわして、保護者が小学校まで迎えにいくというものだ。迎えにいくのは徒歩が望ましいが、わたしたちの地区は学校から2kmほどあるので、特別、車での迎えもOKということになった。

それにしても、実際に地震注意情報がでているときに、連絡網なんてやっていられるのだろうか? 地震注意情報は広報で流れることになっているから、わざわざ連絡網をまわすこともないのでは?と疑問がある。
今年度、地区長でもあるわたしは、現実には連絡網をまわす必要がないのではと、学校に聞いてみたのだが、地区長は連絡網をまわすようにと言われてしまった。
注意情報は警戒宣言の前段階のものだそうだが、それでも、注意情報が出たら、なにより、まず自分の家族が心配である。
だいたい、学校では注意情報が流れたら連絡がなくても迎えに来るようにといっている。みんなが迎えにいって不在のとき、わたしはいったい誰に連絡すればいいというのか?

それでも、学校としては、連絡網をまわさなくてもいいとはいえないのだろう。というのが、わたしの結論。

ま、実際に起こらないことを祈るしかない。

2006年3月 7日 (火)

地区長&おはなし会

この4月から、息子の小学校で地区長を引き受けることになった。

2月終わりから引継がはじまった。いままでそうした役をしたことがないのにいきなり長なので、要領が悪く、そこらでけつまづいてばかりいる。普段PTAの人とつき合わないほうだったので、ああ、いろいろな人がいると思う。いろいろな人と話せるのは結構楽しい。ま、この際、たのしんじゃえー。

そんなこんなのなかで、おはなし会が3回あった。
 すいすい読書
 図書館おはなし会
 おはなし広場

図書館おはなし会は、午前に学校での引継&作業があった日の午後にあった。作業が長引き、結局、お昼が食べられないままおはなし会へ。やっぱり食べてないと声がでなーい。

 終わってから、さ、帰ろうと思ったら、男の子が「アンパンマン大図鑑」を持ってきて、キャラクターを指差しては「これは? これは?」と名前を聞いてくる。ああ、うちの子も小さいとき、アンパンマンが好きだった。こんなふうに読まされたなあ、なつかしいなあと思って、読みはじめたけれど、その子はどうにもとまらないようす。よく見れば3巻まで持っているじゃない。2冊読み終わったところで、お母さんがいらして、「帰るよー」。助かりました。
 おなかはもうペコペコだったけれど、いい時間でした。それにしても、子どもたちがアンパンマンに惹かれるのは、どうしてなんだろうなあ。

 

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