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課題図書を読む『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ』

 これは、昨年秋に読んだ本。社会・歴史に無知な私には、かなりの衝撃の本でした。

ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ (海外文学コレクション)
 アンジー・トーマス作
 服部理佳訳
 岩崎書店

   

 スターは、16歳の黒人少女。ギャング組織の抗争が繰り返され、ドラッグの売買がされる黒人の街ガーデン・ハイツに暮らしている。父親は元ギャングだったが、ボスの罪をかぶって3年間の刑を終えた後、組織から抜け、今は雑貨商を営んでいる。
 スターは10歳の時、親友のナターシャが抗争の流れ弾にあたって亡くなるのを目の前で見た。その後スターは、車で45分もかかる白人の学校ウィリアムソンに転校した。
 ある日、ガーデン・ハイツのパーティーで発砲事件が起こる。その場にいたスターは幼馴染みのカリルの車で逃げるが、白人の警官に職務質問で停められる。車から外にでたカリルは無抵抗で射殺された。
 スターは警察で見たままを正直に話すが、警察は、カリルを殺した警官を擁護する態度を見せた。ガーデン・ハイツでは怒りの暴動が次々起き、治安が悪くなる。カリルがギャングと関係し、ドラッグの売買をしていた事実も明らかになり、形勢は不利だった。
 スターは悩んだ末、勇気をだしてテレビニュースのインタビューで訴える。そして、大陪審で証言するが……。

 スターに心を寄せて読み進めば、事の成り行きに、怒りがこみあげてくる。あまりに理不尽だ。信じられない。だが、この作品は、フィクションではあるけれど、アメリカ社会の闇の現実そのものを映し出している。
 ラスト(p467)で、作者はスターの声を借りて、「これは、あの晩だけの――わたしとカリルとあの警官だけの話じゃない。これは、セブンのことでもあり……(省略)……のことである」と書いた後、たくさんの名前を列挙している。みな、現実のアメリカで、理不尽に死に追いやられた黒人たちだ。

 表題の「ザ・ヘイト・ユー・ギヴ 」は、伝説のラッパー、トゥパックが好んで使った言葉 "Thug Life" の隠された意味だ。 "The Hate U Give Little Infants Fucks Everybody"と、事件の起こるほんの少し前、自分が射殺されるとは思いもしないカリルが、スターにその意味を説明している。
 その言葉通りの悪循環が現実に繰り返されていて、この作品のような事件が起きる。差別と偏見、根拠のない恐れが心に刷り込まれていて、貧困が貧困を、憎悪が憎悪を。暴力が暴力を呼ぶ。この悪循環を断ち切ろう! 立ち上がろう! そう作者は呼びかけている。

 スターの通う学校の生徒たちは、数少ない黒人の生徒を蔑視せず、むしろクールとみなす。知識レベルの高い、恵まれた家庭に育った子どもたちだろう。環境に守られて、黒人の憎悪をまともに受けず、また無意識的に見ないようにしてきたかもしれない。差別と意識することなくマイノリティをからかうヘイリーに、その隠れた優越意識が見てとれる。
 だが、スターの恋人クリスはとてもナチュラルだ。スターそのものを見つめ、愛している。彼のような白人の若者が登場していることに、大きな希望を感じた。

 差別や偏見、憎しみは、世代で引き継がれていく。まさに、"The Hate U Give Little Infants Fucks Everybody" だからこそ、教育の役割は重要だ。純粋な心に真実を伝える。その意味においても、この作品が翻訳され、課題図書に選ばれたことに、拍手したい。

*第65回青少年読書感想文全国コンクール 高校生の部 課題図書。

 

 

課題図書を読む『この川のむこうに君がいる』

 今年は、課題図書、発表前に既読のものが4冊。そんな年もあるのですね。
 でも、5月は、あれこれ事情が重なり、ぐすぐすして出だしがおくれ、やっと開始。6月中に何冊感想が書けるか。まずは1作目です。


この川のむこうに君がいる
 濱田京子作
 理論社


   


 梨乃は、埼玉県から東京の私立高校に入学した。中学に入学する年に、宮城県で東日本大震災に遭った。その年の夏、父親の転勤で埼玉へ引っ越して、転校した中学では、みんなから被災者として同情の目を向けられた。それが続くのが、たまらず、被災したことを誰も知らない高校に行きたかったのだ。
 すぐに同じ埼玉出身の陶子と仲良くなり、いっしょに吹奏楽部に入部する。そこには、福島出身の遼も入部していた。彼は、福島で津波に遭い、放射能を避けて東京に引っ越してきていた。だが、彼は、梨乃とちがい、被災したことをあっけらかんと公表し、明るくふるまった。梨乃の心はざわついた。
 吹奏楽部のほとんどの1年生が経験のなか、梨乃は初心者で、サックスを割り当てられた。はじめは音もまともに出せず、乗る気でなかったが、先輩の美しい音色に惹かれ、練習するうちにどんどん好きになり、コンクールにも出してもらえることになった。
 だが、コンクールの日、中学の級友に偶然会ってしまい、被災者であることを、遼に気づかれてしまう……。


 東日本大震災の日のことはとてもよく覚えている。わたしは一人でパソコンに向かっていて、体がくらくらした。あれ、めまい?と思ったが、上を見たら、ペンダントライトが揺れていて、ああ、地震だとわかった。そのあとからテレビをつけて、津波の映像をライブでただただ驚いて見つめた。その後から原発事故もわかり、報道によって知らされる被害の大きさや、被災者の様々な物語に、なんだかナーバスになった。寄付もした。でも、テレビの画面のこちら側では、今までと変わらない平和な日常が続いていた。東北から遠く離れ、東北に親戚もいない私にとって、大震災はテレビの向こうの大変な出来事だった。


 梨乃の家では、津波で兄が亡くなり、母はまだその喪失感から立ち直れないでいる。だが、兄の親友の太一の家は浸水もせず、家族は誰も亡くならなかった。梨乃の家と太一の家は、川をはさんで反対側にあったからだ。川の対岸で被害が全く違ったのだ。震災の後、梨乃は太一と付き合い始め、支えられたが、太一の「ごめんな」という言葉から、隔たりを感じ、分かれてしまう。


 被災地から離れた私と、被災にあった梨乃や遼は、遠く遠くかけ離れている。間には向こう側が見えない広い川があるだろう。被災者の間にも川がある。梨乃と遼、遼と遼の福島に残る恋人。向こうに見えていて、隔てられている。それぞれ抱えているものが違うのだ。
 その川は、震災に関係なく、どんな人とどんな人の間にも、あることなのだろう。梨乃がいうように「わたしたちの間には、川が、たくさん、ある」(P169引用)。


 梨乃は、中学時代「かわいそうな人」と見られて、かわいそうだから親切にされるのが嫌だった。そうした被災者の気持ちを、私は、今まで一度も想像したことがなかったで、はっとさせられた。私が、中学時代に梨乃と接していたら、もしかしたら、一番親切にしてくれた、でも梨乃が嫌いだった紅美と、同じことをしたかもしれない。
 被災したことは事実。つらく悲しい思いをしたことも事実。生活が大変になったのも事実。それでも一人の人間として、同じ立場にいたい。同情されれば、もっと惨めになる。つらくなる。なぜなら同情は相手を上から見ているから。梨乃は同情のいやらしさみたいなものをひしひしと感じたのだと思う。
 対岸の人と川を乗り越えて心を通わせるのは、まずは、お互いの立場を尊重し、対等であるところからはじまる。


 梨乃も、遼も、太一も、それぞれやり方は違うけれど、自分の未来を開こうともがいていた。それは、梨乃の母がなかなか前を向けないのと対照をなす。それが若さだと思う。そして、その若さ、未来を生きようとする力に、私はこの作品からあふれる明るさを感じた。



*第65回青少年読書感想文全国コンクール 高校生の部 課題図書


 

2019年7月
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