課題図書を読む『サイド・トラック 走るのニガテなぼくのランニング日記』
「セルフ・コンパッション」「成長マインド・セット」を物語にしてくれたような作品。お薦めです。
『サイド・トラック: 走るのニガテなぼくのランニング日記』
ダイアナ・ハーモン・アシャー作
武富博子訳
評論社
ジョセフはADD(注意欠陥障害)とLD(学習障害)があり、運動も苦手だ。7年生の時、通級クラスの担任T先生に誘われて、新生の陸上部に入部する。メンバーは、転校生女子ヘザーのほかはへなちょこばかり。メンバーはクロスカントリーからはじめた。T先生は、自己ベストを目指し、仲間で支え合うようにと指導する。
ジョゼフは、大勢の中にいるとどう動いていいかわからなくなる。だから、おどおどしてしまう。それで、人と同じことができない子と、周りの子から見下され、それが当たり前となっていた。
ひとりで走るクロスカントリーは、他人とは関係なく自己ベストをめざせる。T先生の指摘通り、ジョセフに合ったスポーツだった。それでも、感受性とこだわりが強すぎるジョセフがコース走りとおすには、体力だけでなく、克服しなければならないことがたくさんあった。T先生は、毅然とした態度で励まし、ジョセフの努力を認める。
たとえば、コースを2周まわる課題を、ほかのメンバーはこなしたが、ジョセフは1周が精一杯だった時、先生は、
「ジョセフは今日、自分にできることをしました」(p97)という。
結果ではなく頑張ったことを認めてもらえることが、ジョセフにどれほど力を与えることか。
T先生だけではない。チームのメンバーも、ジョセフに力を与える。メンバーは、男子なみの運動能力のあるヘザーを除いて(そのヘザーも寂しさを抱えているのだが)、全員がなんらかの劣等感を抱えている。でも、彼らはジョセフを仲間として受け入れる。メンバーのビクトリアが、うっかりすべらせた言葉でジョセフを傷つけることになり謝ったとき、ジョセフは思う。
「からかわれたことなら一万回くらいあるけど、あやまってもらったのはこれがはじめて」(p191)
このチームの中では、ジョセフはジョセフのまま、ほかのメンバーと対等でいられる。こうした積み重ねがジョセフを励まし、さらにはジョセフが人を励ませるようにまで成長していく。さらにジョセフの頑張りはほかのメンバーをも成長させていく。
決勝戦での彼らの奮闘と団結、思いやりに涙が止まらなかった。
ところで、この作品で最も魅力的な登場人物は、シニアレジデンス(高齢者住宅)から脱走したおじいちゃんだ。おじいちゃんは、その施設がルールに縛られて自由がないことを嫌ったのだが、それだけではない。そこの老人たちのなかにも優劣意識があり、介護の必要のない人たちは、エリートグループをつくっている。それに嫌悪感を持った。驚くことに、老人の施設は、子どもの学校とよく似ているのだ。
そんなおじいちゃんは、個人を、ただのひとりの人として見る。ジョセフの敏感すぎる聴覚や視覚も、障害とは思わない。逆に誰よりもよく見え、誰よりもよく聞こえると理解する。ジョセフは大多数の人と違う個性を持つだけで、完全無欠のひとりの人間だ。他の人がみなそうであるように。
最近は発達障害や自閉症を描いたYA小説や児童図書が数多く出版されている。この作品でも、主人公は発達障害を抱えているが、焦点は障害ではなく、努力と成長にある。人と比べるのではなく、今の自分を少しでも超えること。そんな自分を認めてあげること。それは、すべての子ども人にとって、いやすべての人にとって、とても大切だ。だから、この本をすべての人に薦めたい。
*第65回青少年読書感想文全国コンクール 小学校中学年の部 課題図書。
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