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課題図書を読む『一〇五度』

 私の心にかちっとはまった作品でした。作者は佐藤まどかさん、ほかの作品も絶対読まなくては……。

一〇五度
 佐藤まどか作
 あすなろ書房

     

 大木戸真の家族は、体が不自由で一人暮らしとなった祖父と暮らすために引越し、真は、中三の始業式から中高一貫校に編入した。真の祖父はかつてイス職人をしており、その影響からなのか、真も椅子のデザインに魅せられていた。
 同じ学年に、ひとりだけスラックスをはく女生徒、早川梨々がいた。梨々の祖父は、椅子業界では有名な会社の創業者で、モデラー(デザインされた設計図をもとに形にする職人)だった。梨々も将来はイスのモデラーになりたいと思っていた。
 ふたりは学校図書館の本『イスのデザインミュージアム』や、紳士服店にディスプレイされた骨董品の寝椅子を巡って会話をかわし、意気投合。7月に行われる「全国学生チェアデザインコンぺ」に、真がデザイナー、梨々がモデラーとしてチームを組み、参加することにする。

 コンペの結果が発表されるまでの過程をストーリーラインに、進路の悩み、立ちふさがる親の壁が描かれる。中高生がイスに興味をもつことはあまり一般的ではないが、進路に悩み、親と衝突するのは、多かれ少なかれ誰でもあるから、とても共感して読める。
 真も梨々も、将来の夢を親に反対されている。真は父親の一流企業願望により、梨々は女にはモデラーは無理という理由で。子どもに苦労をさせたくない親心だが、子どもには、うっとおしい枷だ。
 とくに真の父親は極端でひどい。真が一流大学(T大、K大としてあるのは、東京大学と慶応大学だろうか?)へ進学することを望み、デザインやアートといったクリエイティブな仕事に進むのは許さない。デザイン画を描くことさえ許さず、テストの成績をあげることだけに集中させようとする。年齢の低いうちは真も父親に従い、父親のために猛勉強して成績をあげたが、次第に父親の望む将来が、自分の望むものではないとわかってきた。だが、身長185cm、高校でラグビー部主将だった父親は、体格的にも精神的にも巨大な壁だ。真は少しずつ声をだし、父親にくってかかり、自分の思いをぶつけていく。壁をぶち破る日は近いうちに必ず来るだろう。
 しかし、この作品は、ただ夢に向かって突き進めと無責任に後押しするではない。デザイナーとしての成功者、失敗者の話を載せ、厳しい現実――才能と努力だけではどうにもならない業界であることを、真と読者にしっかり見せる。また、イス職人だった祖父の言葉は考えさせられる。職人としての誇りを保ちながら、時代の流れを乗り越えた苦労人の言葉だからこそ、重みがあり、納得させられる。こうして多方面から光を当てたうえで、さあ、自分の進路を決めるのはあなたですよと励ましている。

 タイトルの「一〇五度」は、真と梨々が製作するイス原寸模型の背もたれの角度だ。まっすぐ座るのではなく、少しリラックスする角度で、パソコン用や会議用によいとされる角度らしい。祖父がいうように、「軽く寄りかかるのにいいあんばい」で、それは人と人が互いに寄りかかりすぎずに、頼り頼られる絶妙な角度なのだ。コンペに出す椅子の原寸模型をつくる過程で、真は、背もたれだけでなく、梨々や、関わる人との一〇五度の関係を体得していく。病弱で両親に甘やかされる弟、力への真の気持ちの変化も、一〇五度の体得から生まれた来たのだろう。

 ところで、梨々は制服のスカートではなくスラックスをはいて登場する。私は、この作品も、最近テーマにされやすいLGBTやいじめの問題を含むと思って読み始めたのだが、そのあたり、真と梨々は突き抜けていた。イスに熱中するふたりに、男女の隔たりはみじんもない。同級生の偏見などとるにたらないことで、一瞬にして吹きとばしてしえるのだ。
 真と梨々は、デザイナーとモデラー、ひとりの人間と人間として、立っている。一〇五度のちょうどいい角度で寄りかかりながら。こうしたふたりが互いに刺激しあい、前をむいていく姿はすがすがしく、とても読み心地がよかった。

 作者は、イタリアでプロダクトデザイナーとして活躍しながら、児童書を書くという才能あふれる人だ。デザイン業界に身をおく彼女が、その知識と体験を、一般的な若者が共感できる物語の構成に、巧みに織りこんで書いている。そのため、デザインに関心のなかった読み手も、すんなり知識をえて理解でき、そのまま物語に没頭していける。私は「プロダクトデザイン」や「インダストリアルデザイン」があることをはじめ、さまざまなことを知り、好奇心をかきたてられながら、物語に入り込み、ラストでは感動で胸がいっぱいになった。

 進路に迷う人、そもそもやりたいことがない人、進路を決めた人、子どもを心配する親、
自分の生き方はこれでいいかと悩む人。すべての人に得られるところが多い本だと思う。中学生だけでなく高校生にも読んでもらいたい。

*第64回青少年読書感想文全国コンクール 中学校の部 課題図書

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