課題図書を読む『タスキメシ』
お正月の2日と3日に行われる箱根駅伝を、毎年、テレビで観戦している。学校の名をらおって襷をつなげていく団体競技は、ランナーに残酷なほどの使命をあたえる。その使命を果たそうとひたすら孤独に走り続けるランナーが、炬燵にはいってぬくぬくしている私を感動させてくれるのだ。
箱根駅伝から始まるこの作品では、選手がそこにいたるまでのドラマが描かれる。なぜか、お腹が鳴るほどおいしそうな料理とともに……。
『タスキメシ
』
額賀 澪作
小学館
真家春馬は箱根駅伝の花の2区の中継ラインにまっさきに立って、1位で走ってくるランナーを待っている。春馬には、3度目の箱根駅伝だ。1位から遅れること10メートル、2校のランナーが姿を見せ、その2大学のランナーが、中継ラインの春馬に並んだ。高校の先輩、助川と、高校の時のライバル校の藤澤だ。
襷を受取り、先頭で走り出した春馬は、1歳上の兄、早馬が走る姿を思い浮かべた――。
そこから、話は突然、兄、早馬の高校3年生の初夏にさかのぼる。早馬は高校2年の冬に右膝を剥離骨折して手術をうけた。いまは、リハビリをし、陸上部で軽いメニューをこなしている。少しずつ身体をならせば、夏のインターハイ予選を目指せるはずなのだが、一向に練習に身をいれず、ぐだぐだしていた。
そんな早馬に、担任で料理研究部顧問の教師が、調理実習室に食材を持っていく使いを頼んだ。その日から、早馬は料理研究部に入り浸るようになる。料理研究部の部員は、3年女子の井坂都ひとり。都はそっけない態度で、言葉使いも荒いが、料理の腕は抜群だった。早馬は料理を覚えて弟の春馬に食べさせようとした。兄弟の家は父子家庭のため、食事が貧しくがちなのに、弟の春馬は加えて、恐ろしい偏食だった。自分より走る才能のある弟が、あんな食生活では故障しかねないと思うのだ。
そんな兄を、弟の春馬は、美味しい料理を喜んで食べながらも、不満に思っていた。兄にはリハビリをして、陸上にもどってきて欲しい。だが、長距離走者として致命傷ともいえる膝の手術した兄の思いを、故障したことのない春馬には推し量ることができず、強くは言えなかった。
陸上部の部長の助川も、複雑な思いで早馬を見ていた。早馬がリハビリをさぼって、都調理実習室に通い、都とふたりきりで料理することも気になった。けれども、本人の意志に任せるしかないと考えていた。
都は、家庭の事情を抱えていて、ひとりで料理するのが好きだった。だが、早馬の苦しみを感じ取り、料理がなにかの救いになるのならいいと考えた。それに、だれかと料理するのもいいと感じはじめていた。
こうして高校時代を、早馬、春馬、都、助川が交替で語り、そのあいまに、箱根駅伝での春馬の走りを、春馬自身が語る。さらに、都と助川の小学生時代の思い出話もはさまり、時系列はかなり前後する。そのなかで、早馬がどう決心するか、その決心に、春馬、都、助川がどう関わったか、逆に早馬が三人にどんな影響を与えたかが次第にはっきりと見えてくる。大学4年の早馬が箱根駅伝の日にどうしているかは、読者をじらすように伏せられ、おしまいの方で明かされる。そして箱根駅伝2区の勝負は……。実にうまい構成で、読み進むほど、面白い。
本人ですらわからない、複雑な登場人物の心境も、よく伝わってくる。弱身をもったもののひがみ、不安、追われるものの苦しみや焦り、逃げの気持ち、それを隠そうとするごまかしなど、情けないけれど、だれもが持っているに違いない負の感情が丁寧に描き出されている。
辛い家庭環境で育って負の感情を味わい尽くした都は、早馬、春馬、助川にさばさばとした思いやりで接する。そのことが、彼らに自分や相手の本当の思いを気づかせる助けになっていく。
素質、運、環境……人は決して平等ではない。だから、自分の置かれた場所で、もがきながら、恰好悪くても、前を向いて生きる。それしかない。
ところで、この作品のさらなる魅力は、都と早馬のつくるおいしそうな家庭料理だ。細かなレシピはなく、ざっくりと描写してあって、物語に溶けこんでいる。その都らしいざっくり感がいい。しかし、手際よく、心憎い心づかいがあり(そしてこの心づかいが味を左右するのだ)、主婦としては、その技を盗みたくなる。特に取り入れたいのは、水だしティーポットでつくる、鰹節と昆布のだし汁。そのだし汁を使う和風ピクルスも作りたい。今の季節なら鯵のなめろうが美味しいだろうか。
作者は料理上手? 小学館文庫小説賞受賞、松本清張賞をW受賞したという、まだ20代の若い才能。ほかの作品もぜひ読んでいきたい。
*第62回青少年読書感想文全国コンクール 高校の部 課題図書
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