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課題図書を読む『ハーレムの闘う本屋』

 タイトルを見て、絶対に面白いと楽しみにしていた。本を目の前にして、私のなかでは規格外の装丁に驚いた(読み物なのに、年鑑や事典みたいにがっしてりして大きい)。読んでみれば、情報量においても、深さにおいても、面白さにおいても、またまた規格外だった。

ハーレムの闘う本屋
 ヴォーンダ・ミショーネルソン文
 R・グレゴリー・クリスティ絵
 原田勝訳
 あすなろ書房

     

 ニューヨーク、ハーレム125丁目通りに実在した「黒人のために、黒人が書いた、アメリカだけでなく世界中の黒人について書かれた本」を売る書店「ナショナル・メモリアル・アフリカン・ブックストア」の店主ルイス・ミショーの生涯を著したフィクション作品。「フィクション作品」と、わざわざことわるのは、巻末の作者覚書に、「事実が確認できた場合は、それにもとづいてルイスの生涯を語るように努めましたが、空白部分を調査にもとずく推測で埋めたため、この作品はフィクションになっています。」と、あるからだ。
 作者は、ルイス・ミショーの弟の孫娘。作者覚書に、作品を作った目的や経緯、調査の詳細などを誠実に書きとめている。正確に伝えたいという作者の思いが伝わってくる。必ず読んでほしい。
 この作者覚書によれば、ルイス・ミショーと彼の家族、親交のあったマルコムXなどは実在する登場人物だが、店の客などは、「ルイスの書店に影響をうけた実在の人物から聞きとった話を元に造形」した架空の登場人物で、FBIの調書はそのまま載せたが、新聞や雑誌の記事などは、調査にもとづいているものの架空の記事ということだ。

 作品は、年表・年鑑のような形式をとっている。ある年の出来事について、何人かの独白があり、そのあいだに、新聞や雑誌の記事、FBIの調書、写真が挟まっている。
 はじまりは、1904年、ルイスが9歳(ルイスの生年も実ははっきりしないが、さまざまな調査から検討して1985年としたらしい)の年から。ルイス少年は、自転車を乗り逃げするのだが、彼の独白では、母親の「はじめの1歩をふみだせば、神様は助けてくださる」という祈りにしたがって、「最初の1歩」を踏み出して、自転車にまたがり、「ありがとう、イエス様」といいながらペダルをこいだ、となる。
 それに続く父親の独白は、「ルイスは悪い子じゃない。」ではじまり、ルイスが学校をさぼって手に負えないこと、自分が白人に屈辱的な取引をさせられながら生鮮食料品店を自営していること、子どもが9人もいて妻が神経症になっていること、妻がルイスの兄を溺愛することを話す。そして、おしまいの方で、「われわれ黒人は経済的に自立する必要がある」という自分の持論を、ルイスが熱心に聞き入り、ほかの黒人の子たちに「ぼくたちは自分の足で立たなきゃならないんだ」、「だれも助けてくれないんだから、自分でやるしかない」と言ったことを誇らしげに語る。ただし、「あの子はまだ9つだってことを忘れてはならない」と言い添える。
 ここまでが、挿し絵もはさんで3ページだ。たった3ページで、ルイスの悪童ぶり――ただの悪童ではない、芯のとおった悪童ぶり、彼の育った家庭環境、時代、父親の生き方考え方とルイスへの愛情、さらには父親がルイスに大きな影響を及ぼしたことが、ありありと見えてくる。
 このように、時系列にそって並べられた独白や記事は機知に富み、核心をついた文章をさしはさんでいて中身が濃い。そうして、登場人物の人となり、時代の流れを、くっきりと浮かび上がらせていく。

 時の流れを、飛ばし飛ばしだが、ざっと見ていこう。

 悪童だったルイスが、人種問題の書物にふれはじめるのは、おそらく、父親がとっていたマーカス・ガーヴィー発行の新聞『ニグロ・ワールド』だろう。父親は、この新聞が、自分の信じていたことを代弁してくれることや、ルイスと新聞記事や人種問題について何時間も話し合ったと、語っている。『ニグロ・ワールド』の第1面の写真が載っていて、「黒人は白人がアフリカを奪うことを許すのか?」という見出しが紹介されている。
 この見出しと同じようなことを、ルイスも、盗みで捕まった19歳のとき、裁判官に言っている。「あんたたちはアメリカにやってきて、インディアンからアメリカを盗んだ、それに味をしめて、今度はアフリカへ行っておれの祖先たちを盗み、おれたちを奴隷にした。」ルイスは、新聞に影響を受けたのか、父親と話をしていたのか、自分で考えたのかわからないが、19歳のときずに、黒人の歴史を人種の尊厳をもって見ようとしていたのだろう。

 一方、母親が溺愛していた兄のライトフットは、悪童のルイスと違って、信仰心と道徳心が厚く、牧師となる。ルイスとは考え方が違うが、父親の影響を受けていることは間違いなく、教会のリーダーとして人種問題に取り組み、やがて、その運動を全国的に広げる。兄は兄で立派な人だったと思う。

 ルイスは、一度家を出て賭博業で身を立てるが、30歳のとき、警官とのトラブルで発砲され、片目を失い、兄ライトフットのもとに帰ってくる(父親はもう没していた)。その後、教会の仕事を手伝いつつ、聖書を精読する。しかし他の書物にも触れていたのだろう。41歳のルイスの独白には、フレデリック・ダグラス(奴隷ながら、読み書きを学んで「公民権運動の父」と呼ばれるようになった)の名が出てくる。そして、知識が仲間の黒人たちの頭や心の中、本の中にあり、黒人は自分たちの人種の尊厳を知るために、そうした本の存在を知らなければならない、さらに「聖書を理解するには、他の思想との関係でとらえなければならない」「ものを考える時は客観的であるべきだ」と語る。
 こうした知識への強い思いが、聖書を重んじる兄の教会を離れる原因のひとつになり、さらにルイスがそののち、「黒人のために、黒人が書いた、アメリカだけでなく世界中の黒人について書かれた本」を売る書店を始める原点となったのだろう。

 ハーレムの書店は、はじめ、たった5冊を売り歩くことからはじまる。だか、店の前でするルイスの演説の巧さや、戦地へ送る通信販売が成功したこともあって、次第に軌道にのってくる。当時のことを、架空人物たちが独白して、実在する無名の人たちを代弁している。「頭に知識を入れることより大事な仕事はない」と言われて、ラングストン・ヒューストンの詩を読み始めた十代の若者や、店の融資の相談を受け、ことわった銀行家や受け入れた銀行家。こうした人たちの証言によると、貧しくて本を買えない人に、ルイスは無料で本を渡したり、奥の部屋で図書室のように好きなだけ読ませたりしたようだ。彼がどれほど熱心に、無私になって知識の大切さを黒人たちに啓蒙しようとしたかわかる。
 店が評判になり、その知識の広さ深さからルイスが「教授」と呼ばれるようになってからは、新聞記事や雑誌記事、著名人の独白も加わってくる。看板だらけの店頭の実際の写真も載っている。さらに1958年63歳のときからは、ブラック・ナショナリストの活動拠点としてと警戒するFBIの本物の調査報告が始まる。このころから、ルイスの書店は、知識を求める活動家たちの拠点となってきたのだろう。

 そして、マルコムXが現れるが、彼の独白はなく、マルコムの挙動は、ルイスの独白や記事で表されていく。おそらく作者は、マルコムXをルイスの目を通して外側から、客観的に描きたかったのだろう。1964年69歳のルイスの独白には、マルコムXがメッカ巡礼のあと店に寄ったときのことが書かれている。マルコムは、今まで教えられてきたイスラム教(ネイション・オブ・イスラム)は、「黒人専用のキリスト教のようなもので解離主義的」であり、本物ではなかった、だからいまは「古い書物を新しい目で読み直している」と、ルイスに話した。
 マルコムのこの状況は、聖書を精読して、兄の教会を離れたときのルイスの状況と、とてもよく似ている。物事を一筋に見つめるのは尊い。だが、盲信して、他が見えなくなるのは怖い。つねに多方面から物事を見て、客観性を失わないことが大切だ。それには、たくさんの書物、人の考えにふれること、それに尽きる。

 さて、マルコムXはこうして、新しい目を開き、ネイション・オブ・イスラムから離脱するが、それが1965年の暗殺へとつながっていく。暗殺の時の様子も、ルイスの言葉、記事、写真が伝える。そのあとには、1972年にはキング牧師が暗殺される。
 ルイスは、キング牧師の功績を認めるものの、意見が異なる点も多かったようだ。大学出のキング牧師より、自分と同じように10代のとき、刑務所に入って、独学で勉強して知識をえたマルコムXの方が心が通じたのかもしれない。なにしろルイスは、キング牧師とは別の黒人指導者についてだが、「教育を受けた黒人は飼いならされた黒人だ」といっているし、キング牧師が、黒人の書店ではなく、黒人を雇わない百貨店でサイン会を開いたこと(そして、そこで刺されて怪我をした)に抗議をしている。「私には夢がある」の名演説とノーベル平和賞受賞で知られるキング牧師も、別の側面から見れば、また違って見えてくる。

 やがて、店はやむをえず閉店することになり、ルイスも死を迎える。だが、黒人の尊厳回復、社会進出において、ルイスと彼の書店が与えた影響ははかりしれないだろう。それは歴史的にだけでなく、大勢の無名の黒人個人の人生にも大いに影響を与えているはずだ。
 最終章には、様々な人がルイスを偲んで文章を寄せている。その中で、私がとくに注目したのは、マルコムXの三女の文章だ。ルイスの功績を的確にわかりやすく表している。

 この本を読んで、私は、ルイスの生涯や、黒人の人種問題の歴史を知る以上のものを受取った。特に、幅広く、深く、知識をえて、自分の意見を持つことの意義だ。インターネットの情報があふれている現在、私たちは偏った知識に翻弄されがちになっている。様々な方面から本を読み、真実を見極めて、自分の頭で考え、その考えに自信を持つことがどれだけ大切なことか。また、子どもたちの教育の質や意義についても考えさせられる。今、ルイスの書店のような役割を果たす可能性を持つ図書館や司書の役割についても。また、世界に目を向ければ、貧しさから盗みをして暮らすストリートチルドレンについても、各地で起きている民族や宗教によるいさかいについても……いろいろなところに思いが及ぶ。

 ところで本の原題は"NO CRYSTAL STAIR"。作中でも引用されているラングストーンの詩"Mother to Son " にでてくる言葉だ。ルイスも、最後の独白で「わたしの人生は水晶の階段じゃなかった」と、この詩を引用している。どんな人にも訴えるものがある詩だと思う。けれども日本人にはなじみがない。だから、『ハーレムの闘う本屋』という邦題になったのだろう。注目しないではいられないタイトルで、成功していると思う。

 長々ととりとめなく書いてしてしまったが、まだ10分の1も紹介しきれていないし、読み取れていない部分もあるだろう。だから、ぜひ、あなたも自分で読んで! そして、ルイス・ミショーから影響を大いに受けてほしい。

*第62回青少年読書感想文全国コンクール 高校の部 課題図書

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