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2010年9月24日 (金)

心が洗われる『鼓動を聴いて』

 今日は、いったいどういうのだろう。朝からずっと、気持ちが晴れ晴れしている。昨日の雷雨が、澄んだ秋の空気を運んできたせい? それもあるけれど、もしかしたら、昨日読んだ本のせいではないかと思う。

 心の洗われる作品だった。

鼓動を聴いて (ヴィレッジブックス)
 ヤン‐フィリップ・センドカー著
 たかお まゆみ訳
  ヴィレッジブックス

        

 ニューヨークの女性弁護士ユリアの父親は、4年前に失踪した。父親はビルマからの移民で、有能な弁護士だった。ユリアは、父親を行方を求めて、ビルマのカローへやってくる。そして、茶店に入ると、ビルマ人の男が話かけてきた。男は、名をウ・バと名のり、ユリアも父親も知っていて、ユリアを4年間待っていたという。そして、ある物語を始める。
 それは、幼くして視力を失った少年ティムと、生まれつき足が不自由な少女ミミの愛の物語だった――。

「あなたは、愛、を信じますか?」(p15)

 ビルマ人の男ウ・バはまず、ユリアに、たずねる。

 いきなりの問いに戸惑うユリアに、ウ・バは、さらにいう。「欲情の激動のような愛のことではありません」「目に見えぬ者を見える者のように導く愛のことです。恐れに打ち克つ愛のことです。人生に意味をあたえ、人を成長させ、限界を打ち破る愛のことです。利己主義と死を超えた、人としての圧倒的な勝利のことなのです」(p15、16)

 この作品には、そうした、清やかで崇高な愛が描かれている。それとともに、運命をうけいれるとは、生きるとは、どういうことかが描かれている。

 ティムとミミはふたりとも、小さなころから重い運命を背負う。その深い悲しみ、苦しみのは、他人にはなかなか理解されない。そうした二人が出会い、心のそこまで理解しあう。そこに愛が生まれた。

 ふたりが会うとき、ティムがミミをおぶる。ミミがティムの目となり、ティムがミミの足となる。生き生きと躍動するふたりの姿は、美しくほほえましい。読んでいて、楽しいところだ。。
 でも……と、現実にかえってふと思う。もし、町の通りでこうしたふたりの姿を見かけたら、わたしは、どうするだろう? 本で読んだ時のようにほほえましく思うだろうか? いや、思わず、目をそらしはしないか?

 しかし、作品の中では、わたしはふたりの思いを理解できた。ふたりはたしかに美しい。そして、ティムの養い親となる叔母、ミミの母親も美しい。どんなに貧しい姿をしていようとも。
 ティムの師、ウ・マイはいう。「見えているのは表面だけ」「もっとも大切なものは目に見えない」
 飾りたてられたり、手垢にまみれたりして、見えなくなっている大切なものを、この作品は、清らかにしてさしだしてくれた。

 喜びとともに苦しみや悲しみもある人生。どうにもならないことがある人生をそのままに引き受けて生きること自体がなんと尊いことか。それを感じたとき、わたしは、心がさあっと澄んだのだ。

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コメント

そらこさん
ブログを見て読みたくなって読みました。
ブログで紹介されていたり、図書館や本屋さんで目についたりしても、読みたいと思う本とそんなに興味がわかない本があります。私には本が呼んでいるという感覚なんですが、これは絶対読みたいと思ったのです。
案の定、もう読んでいるとき何度も鼻の奥がつーんとして苦しくなりました。哀しいとか苦しいとかではなく心の奥がじーんとしました。
よかったです。ほんとによかったです。

マーガレットさん

この作品は、言葉ではうまく説明できないけれど、心の奥底に染みわたってくるものがあります。ブログのこんな紹介文で伝えたら、作品の美しさ、清らかさを壊してしまうのではないかと恐れつつ、でも、多くの人に読んでいただきたくて書きました。でも、それで読んでくださる方がいらっしゃって、よかったといってくださると、とても嬉しいです。
多くの方に、この本を読んで、この心の体験をしてくださることを願っています。

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