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本当の親の愛とは? 『海の深み』ステフィとネッリの物語3

 すでに最終巻の4巻まで出版されているけれど、まずは3巻目を紹介。1、2巻の紹介はこちら

海の深み―ステフィとネッリの物語〈3〉

       

 ナチスの迫害を逃れるため、1939年にオーストリアのウィーンからスウェーデンの小さな島に、親元を離れ、姉妹ふたりだけで移住してきたステフィとネッリの物語の3巻目。

 2巻目で本土の町イェーテボリの中学に入り、下宿生活をはじめた姉のステフィは、3巻目では中学3年となり、同級生マイの家に下宿している。島の友人ヴェーラも住み込み家政婦として町にいて、時々会っている。また町で偶然、オーストリアの旧友ユディスに会う。ユディスはユダヤ人用の孤児院にいた。
 1943年のことで、両親はテレンジの収容所にいて、ときどき、文字数を制限された葉書きを送ってくれる。
 医師になる夢をもつステフィは高校進学を切望しているが、これ以上奨学金を出してもらえるか、不安だった。

 ステフィはあたえられた環境になじもうとし、先の見えない不安定な境遇にありながら自分の将来を前向きに考えて進もうとする。しなやかな精神のもちぬしだ。
 だが、環境になじもうとするのは、自分を偽ることなのだろうか、そもそも本当の自分とはなんだろうか。妹のネッリ、ユディスの存在が、そんな疑問を、ステフィに投げかける。
 妹は島に来たとき里親家族とすぐにとけこんだ。そして4年後には、自分だけが里親家族と髪の色が違い、血のつながった家族に見られないことを悲しんでいる。両親のことを忘れてしまったようにも見える。ステフィにはそのことが心配でならない。
 一方、孤児院にいるユディスは、ユダヤ人としての誇りを持ち、ユダヤ教の教えを頑なに守っている。複数の里親のもとを転々として孤児院に来た。よい里親に恵まれなかったこともあるだろうが、ユディスがなじもうとしなかったことも原因にあるだろう。
 ステフィの里親のメルタは精一杯のことをしてくれている。ステフィはメルタに従順にふるまってきたけれど、内心では相容れないこともある。もし、ステフィが逆らったら、メルタはどうするだろうか。愛する人を引き止めるには、自分を偽ってでもその人にあわせたほうがいいのだろうか。

 ナチスによる迫害がいよいよ激しくなってきたこの巻では、前の巻と比べて戦争色が濃く出ている。しかし、この作品は戦争の悲惨さを物語るものではないだろう。本当の自分とは? 親子、家族の愛とは? 友情とは? そうした普遍のテーマが、姉妹の姿を通して描かれている。この巻ではとりわけ、姉妹と里親の関係を通して、本当の自分、親子の愛について考えさせられる。
 ステフィはどうしても、里親メルタの顔色をうかがう。メルタに見放されたらスウェーデンで生きていけないから当たり前のことだ。だが、実は血のつながった親子でも、同じことがある。子どもは親に認められたくてがんばる、あるいは逆らってみせる。親は子どもを自分の望む姿にしたい願うあまり、本当の子どもの姿を見失うこともあるだろう。
 メルタとステフィは実の親子でないから、ふたりの間の境がくっきりと見えるが、実の親子も個々の人間だ。メルタとステフィの関係に、子どもが自分を持ち親離れしていくときの親子関係を拡大転写されているように思える。そして、里親であるメルタが、親の子に対する深い愛情を教えてくれる。

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