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生きる道を切り開く若者の姿『太陽の戦士』

 先週、今年の桜はいっせいに咲きそろわないのでは?と書いたが撤回。あれから2日後、朝の登校のサポーターで小学校へ行き、散歩で中学校へ行き、満々と咲いた桜に見惚れた。ほかにもこの一週間、出先はどこも、満開の桜、桜、桜。いいお天気が続いて、桜は1週間近く、満開のまま、美しく咲き続けている。さすがに今日あたりから散り始めてきているけれど、周りの山々では緑が一日一日芽生えていて、『まゆとおおきなケーキ』さながらの、毎日、少しずつ変化する、美しい景色を楽しめた。

さて、サトクリフ。

太陽の戦士 (岩波少年文庫(570))
 ローズマリ・サトクリフ作
 猪熊葉子訳

     

 青銅器時代の終わりごろ、ブリテン島で金色の皮膚を持つ人々の部族は、先住民である、ターヌの子孫たちを支配していた。
 部族の少年たちは、12歳になると「わかものの家」にはいり、3年間、部族の戦士となるために、狩の修行をする。3年目の冬、自分一人の力でオオカミを殺すと、一人前の戦士としてみとめられ、緋色のマントを糸の入ったマントを身につけることができるのだ。

 主人公のドレムは、部族の少年で、生まれつき右腕がまったく動かない。
 物語は、ドレムが9歳のときから始まる。ある夜、片腕では戦士になれないと祖父が悲観して母親にこぼすのを、ドレムは聞いてしまう。ドレムは傷つき、夜の林へ逃げ出す。そして、カシの木の根元に隠れているところを、片腕の狩人タロアにみつかる。タロアは腕を失っていたが、すばらしい狩人だった。ドレムの悲しみを知ったタロアは、「弓を射るのに二本の手がなければ、投げ槍を練習しろ。おまえがしかたなしにそれをえらんだってことを、敵のやつらや、兄きたちが忘れちまうほどうまくなるんだ」と励ます。
 ドレムはそれから槍の練習に励むようになるが、はたして一人前の戦士になれるだろうか――。

 部族の掟はおそろしく厳しい。成人になる通過儀礼オオカミ殺しに失敗しても、誰も助けない。たとえ死を免れても、部族として暮らすことはできなくなる。弱いものを切り捨ていくのだ。現代から考えればあまりに冷酷だが、厳しい自然のなかで部族が生き抜くためになくてはならない掟だったのだろう。

 その厳しい社会で、大きなハンディを背負った少年ドレムが、どう生きぬき成長していくかが描かれていく。そこには、仲間の中での自分の位置を確保するための戦いがあり、、集団生活から生まれる仲間意識と深い友情の芽生えがある。ドレムは、大きい愛情に恵まれ、喜び、達成感を味わい、屈辱と失望、さまざまな感情を知り、忍耐を覚えていく。それは、ハンディがあるなしに関わらず、古今を問わず、生きる道を切り開く若者が通る道だ。
 ドレムはやさしくまっすぐな子だが、思い通りいかなければ、どうしようもなく意地悪にも、破壊的にもなる。そうしたリアルな気持ちの移り変わりが細やかに描かれていて、最初から最後までドレムと共感でき、心打たれる。
 とくに、懐の大きい、片腕の狩人タロアの言動が、ドレムを励まし、奮い立たせ、成長させる場面が何度かあり、そのたびに胸が熱くなった。

 青銅時代の情景も実に鮮やかに浮かんでくる。雪、白鳥の白に、血、マントの緋色、と色使いが鮮やかだ。儀式、祭の場面、すべての火を消し真の闇が訪れたあと、新たな火を起こす場面は興味深く、自然と神と人が一体になって生きていた時代に心惹かれる。

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