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2007年8月22日 (水)

旅だちの一歩

 とうとう、我が家の息子にも自分の部屋ができた。小6になるこの夏まで、息子には、部屋どころか、勉強机もなかった。勉強も遊びも居間で十分、寝室も親といっしょでいいと、わたしたち親が考えていたからだ。
 ところが、6年生になったころから、息子だけの空間と時間が必要だと思えるようになってきた。
 たとえば、友だちが遊びにくる。近所の幼馴染たちは、わたしという、友だちの母親の存在に慣れっこになっているから、あまり気にしない様子だ。けれど、最近遊びにくるようになった同級生たちは、わたしと顔を合わせると気まずい顔をする。「外でいこうぜ」と誰かがいいだし、そそくさと出て行く。
 また、たとえば、息子が、陰気な顔で学校から帰ってくる。「どうかした?」と聞いても「別に」。しつこく聞いてもしかたない、そっとしておこうとパソコンに向かう。息子は漫画なり本なり読んでいるが、不意に「2階へ行って、昼ねしてくる」と、2階の寝室へあがっていく。
 また、たとえば夜、まだ9時にもならない時間から「今日は眠いから早く寝る」と2階へ上がっていく。10時ごろわたしが上がっていくと、眠いといっていたはずなのに、漫画を読んでいる。

 日曜日、家具屋さんからロフトベッドがきて、4畳半の小さな部屋が息子の部屋になった。うきうきして、息子は、さっそく幼馴染たちに披露し、その夜からひとりでベツドに入った。きっと、興奮して眠られないだろうと思ったが、夜更けにみにいけば、意外にもぐっすり熟睡している。
 わたしの方は、夜目覚めて、隣に息子の姿がないことに、胸にぽつんと小さなあなのあいたような寂しさを感じる。思えば、息子が生まれてから11年間、夜めざめれば、必ず隣の息子を見てきた。汗をかいているので、ふとんをよけたり、朝方になってかけなおしたり、窓をあけたりしめたり……。息苦しくて目が覚めたら、息子の足が胸にのっかっていたり、肋骨あたりをしたたかにけられて、骨折するかもしれないと本気で心配したこともあった。でも、息子の寝顔をながめるのが、わたしは好きだった。

 こうして、少しづつ、息子はわたしの手元からはなれていくのだろう。手のひらに握りしめようとしても、いや、強く握れば握るほど、するすると指の間から抜け出ていき、おしまいには思い出の小さな珠だけが手のひらに残る。それを思うと、息子と過ごす、ひとときひとときが、貴重なひとしずくに思われ、いとおしい。

 息子はいま、自由と未来への希望で心を満たし、親の手をはなしてひとりで歩き出した。日曜の夜は、息子はジュース、親はワインで乾杯した。旅だちの一歩のお祝いに。
 


 
 

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子育て」カテゴリの記事

コメント

すっかり旅立ってしまった息子のつかの間の帰省を楽しんだ後に、そらこさんの記事を感慨深く読ませていただきました。
こんな寂しさと成長の喜びを何度も繰り返しながら、すっかり別の人になってしまう子どもたちの歩みを止めてはいけないのだと改めて思うのです。
もう少し、親子の楽しさを味わってくださいね。

そらこさん、

何だかうるっときました。今なんて、2枚の布団で 4人寝ているので、団子状態でかなり鬱陶しいのですが、でも、いざ一人ずつ寝ることになると寂しいと思うのだろうな。

うちは、社宅住まいでせまいので、自分のスペースだけは必要ととみなさんに奨められて、勉強机だけあります。でも、一日の大半をそこですごしている上の子をみていると、そういうものも必要なのでしょうね。(あ、勉強をしているわけではありません、もちろん)
ああ、もうすぐ下の子も入学。4畳半に3つの勉強机はつらいぞ。(私の机も幅をきかせてます←パソが置いてある)

マーガレットさん

>こんな寂しさと成長の喜びを何度も繰り返しながら、すっかり別の人になってしまう子どもたちの歩みを止めてはいけない

ほんとうにそうですね。
引きとめたくてたまらないけれど、しばりつけないように、自分にいい聞かせていきたいです。また、わたしが進学、就職、結婚とはなれていったときの母の思いを考えます。私自身は、不安はあっても、自由と自立の喜び、未来への希望でわくわくして、母の寂しさまで、慮ることはなかったのですが……。
順番ですね。

shoko さん

私自身、部屋をつくるだけで、こんなに寂しさを感じるなんて思ってもみなかったので、驚いています。

息子の部屋がなかったときは、居間に息子の引き出しと棚をつくって彼のスペースにしていました。机は小さな折りたたみのテーブル(座って使うもの)を使っていましたよ。母(わたし)の机は、食卓です(もともとある机は、すでに物置状態)。
子どもとの時間は、いましかないんだと実感しています(なんでも、失いそうになって、はじめて気づくものですね)。大切にしましょうね。

そらこさんの息子さんへの気持ち、とても胸にせまって共感しながら読みました。
大好きな絵本「あなただけのちいさないえ」のことが、ちらっと頭によぎりましたよ。
うちの娘ももうだいぶ、手の届かない世界に旅立っています。
さみしいですけどね。見守っていくしかないですよね。
でも息子さんは、優しいな。それにそらこさんたちが、ちゃんと気づいてくみ取ってあげていているところもすてきだし、見習いたいところです。

フラニーさん

「あなただけのちいさないえ」を、借りてきました。繊細で大切なことを、やさしく伝えてくれる、とてもいい本ですね。
そういえば低学年のころ、息子は大きなダンボールばこを家にして、すんでいたことがありました。
お面は、顔の小さな家というのがあったり、新聞をよんでいるときおとうさんはおとうさんだけの家にすんでいるなんてところ、すごいっと思いました。

息子のやさしさ、わかってくださってありがとうございます。そのやさしさがときどき心配の種だったりもするのですよ。

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