感想
今朝の小学校朝の読み聞かせ、すいすい読書は、わたしは担当から外れていたので見学することに。初めてすいすい読書をする仲間+転任していらっしゃった先生の、お初同士のクラスへ。3年生だ。
プログラムは
100万回生きたねこ 佐野洋子作・絵 講談社
ぞうくんのさんぽ なかのひろたか作・絵 なかのまさたかレタリング 福音館書店
『100万回生きたねこ』を、人に読んでもらうのは初めてで嬉しかった。こどもたちは1回1回の人生を、ときに笑いながら聞いていた。ラストはしんとして聞いている。わたしも、だれのものでもない自分の人生がいいよなあと、改めて思う。
そのあと『ぞうくんのさんぽ』になると、前の本と比べて、急に1ページの文が少なくなったので、「はやっ!」という声が聞こえたりして、緊張が一気にほぐれた。読み手も、ところどころ、子どもたちと会話しながら読んでいる。3年生だから、この絵本に入りこんでストーリーを、といより、こんな対話形式で読むのも、お母さんっぽくていいなと思う。
今年度初めてのすいすい読書なのに、時間よりずっと前から子どもたちは読み聞かせの体勢で待っていてくれて、早くから読み始めたので、時間がたっぷりあまってしまった。
すると、先生が「はい、感想のある人」となってしまった。子どもたちはもぞもぞしていて何もいわない。たまりかねた読み手が、カバやワニがどうやってぞうの上にのぼっていったのか、子どもたちが聞いてきたのを思い出して、「どうやって、のぼったんだろうね」というと、数人の子が、よじのぼったとか、ぞうの鼻であげたとか、木に登ってからあがったとか、意見を言いはじめた。子どもの発想はおもしろい。
すると先生が、「はい、意見のある人は手をあげて」「意見をいっている人の顔に集中」。
きちんと意見を述べる、人の意見を聞くということは大切なことだ。つねに自分の考えを持ち意見を聞かれたら、さっといえる。そんな訓練は必要だと思う。
そんな先生の思いと、おはなしをただ楽しんでほしいと願う私たちの思いは、すれちがう。今回はとくにそのギャップを大きく感じてしまった。
図書館の読み聞かせとは違い、学校での読み聞かせでは、先生のサポートであるという立場もわきまえなくちゃいけない。そのへんのところ、考えていきたいと思う。
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そうですね。私達は本を楽しんで欲しいと思っていても、学校ではお勉強の一環と考えられがちですものね。少し違う例かもしれないけれど、導入でちょっとした問いかけをしたところ、「ホラ、読み聞かせの先生が尋ねてらっしゃるんだからはきはきと答えなさい。」と担任の先生に言われてしまいました。「みんなごめんね、私が中途半端に質問しちゃったばっかりに。」と心の中で謝りました。きちんと声に出して答えてくれなくてもいいんだしと勝手に考えて、本当に中途半端なことをしたと思ってます。
投稿: あそびっこ | 2007年4月19日 (木) 18時00分
あそびっこさん
先生が、ボランティアに気を使ってくださっているということもあるのですよね。お昼休みにおはなしに行くとき、こちらは、授業じゃないから、好きな子だけきてくれればいいと思っているけれど、先生はせっかくボランティアが来てくれているのに、子どもが聞きに行かなかったら悪いと思って、たくさんの子をつれてきて下さることがあります。ありがたいけれど、いやいや来ている子には悪いなと思います。私たちも先生も、子どものことを思っているには違いないけれど、立場が違うからずれがあります。少しずつ、小出しにわかってもらい、こちらも先生の考えを理解しなくちゃいけないと思うのです。
投稿: そらこ | 2007年4月20日 (金) 05時28分