最近のトラックバック

« ぎりぎりまでリハーサル | トップページ | 今年度最後 ありがとう! »

スノードーム

図書館では一般書の棚に並んでいたけれど、中学生ぐらいから読めるアレックス・シアラーの本。読み聞かせ仲間に『スノードーム』求龍堂
 アレックス・シアラー作
 石田文子訳

 光の減速器を研究していたクリストファー・マランが失踪したあと、上司は、自分宛のメモとクリストファーが書いた小説の原稿を発見する。自分のまわりでおきたことを小説として書いたというのだ。クリストファーは母親、父親と離別し、養父の元で育てられた。研究所にきてからは、研究に没頭していて、人付き合いは悪かった。自分がすんでいた温泉保養地の小さな模型がはいっているガラスドームを大切にしていて、誰も動かさないようにデスクにねじで固定していた。だが彼が去ったあと、ドームは残されていた。上司は、クリストファーが自分の恵まれない生い立ちを受け入れるために書いたものだと考えただが――。

 このあと、クリストファーの書いた物語がはじまる。

 登場するのは、少年時代のクリストファー本人、路上で似顔絵を描くクリストフアーの父親、同じく路上で踊るバレリーナのポッピー、ミニチュア彫刻家のエックマン氏だ。
 エックマン氏は、極端に身長が低く太っている。ポッピーに恋をしているが、ポッピーにはまったく相手にしていない。だがエックマン氏は、針の穴を通るほど小さなものでも彫刻できるという特殊な能力を持っていた。自分の作品を拡大鏡や顕微鏡で見せる有料ギャラリーを開き、豊かな暮らしをしている。そして、路上の貧しい芸術家たちを見下げている。

 愛する人との絆と愛を求める人間の姿が、クリストファーとエックマン氏を通して描かれていく。クリストファー少年は、母親の記憶がないが、父親とは深い愛で結ばれている。心細くても純粋な愛を注がれてきた。一方、外見が醜いために、人から卑下されてきたエックマン氏は、屈折した心を持ち、愛された経験がない。そんな愛に飢えた彼の愛の裏側には、支配欲、所有欲が入りこんでしまう。

 Amazon.co.jpbk1 の読者の書評などを読んでいると、賛否両極端に分かれていて、興味深い。その差は、クリストファーやエックマン氏に自己投影できるか、できないかの差ではないかと思う。
 この作品では、どんなことか起き、そのときのふたりの気持ちはどうだったかが、さらさらと書かれているので、先が知りたくてどんどん読んでいける。そして読み終わってから残るものの大きさが、人によって違う。つまり、とくにエックマン氏が持つ、ひねくれた心、自分で見つめると自分を嫌悪したくなるような心の存在を、読み手が自分のなかに感じ、そのことでどの程度心を揺さぶられるかが、人によって、あるいはそのときの心のありようによって違ってくるのではないだろうか。

 わたしはといえば、他人事として冷静に読み、心が揺さぶられるほどの感動を覚えなかった。それでも、エックマン氏の気持ちはよく理解できた。どきっとして、心に刻みたい言葉がつづられた文もいくつかみつけた。そして、なにより、読みものとしておもしろかった。

« ぎりぎりまでリハーサル | トップページ | 今年度最後 ありがとう! »

児童読みもの」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: スノードーム:

« ぎりぎりまでリハーサル | トップページ | 今年度最後 ありがとう! »

2019年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

Amazonアソシエイト

  • 野はら花文庫は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。
  • Amazon、Amazon.co.jpおよびAmazon.co.jpロゴは、Amazon.com, Inc.またはその関連会社の商標です。
無料ブログはココログ