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6月のおはなし広場 1年生、最初のおはなしは「マメ子と魔物」

 朝、台所で片づけものをしていたら、いきなり、ぐらっと来て、目の前にひっかけてあった計量カップが、ぶらぶら揺れだしたので、びっくりした。結構揺れている時間が長いので、もっと大きなのが来るのだろうか、と慌ててテレビをつけたら、大阪で震度6弱とのこと。私の地域は、震源地から遠く、大丈夫そうなので、そのまま学校へでかけた。

 さて、おはなし広場。今日は新しい方が2名入ってくださったので、早めに行って打ち合わせした。いつも使う机がなくて、先生にお願いしたり、新しい方に説明したりで、気が落ち着かない。でも、子どもたちが入ってくる前に準備は終わり、新しい方はともに素晴らしく読んでくださり、とても勉強になった。力強い仲間がふえた。

プログラム
 紙芝居 天からのおくりもの (あたらしい民話でてこい 第 1集) 市川 和子脚本 すずき はつお画 教育画劇
 おはなし マメ子と魔物 イランの昔話 *
 絵本 おなら (かがくのとも絵本) 長新太作 福音館書店
 大型絵本 こすずめのぼうけん (こどものとも劇場) ルース・エインズワース作 堀内 誠一 絵 石井桃子訳 福音館書店
 大型絵本>キャベツくん (ぽっぽライブラリ みるみる大型絵本) 長新太作 文研出版

天からのおくりもの (あたらしい民話でてこい 第 1集)』では、セリフを演技して読んで下さったので、子どもたちにもよくわかったようだ。へびなどが入った壺がでてくると驚いていた。
 私は「マメ子と魔物」を語った。このお話は今まで何回か語ったことがあるが、1年生に語るのは初めて。しかも、今日子どもたちは小学校で初めて「ストーリーテリング」を聞く。ちゃんと聞けるだろうかととても不安だった。初めのうちは案の定、もぞもぞしている。でも、魔物が出てくるあたりから、まっすぐこちらを見て聞き出した。マメ子が、おかしな、でも機転の利いたことを言ったりすると、笑って楽しんでいる。1年生なのにザルで水がくめないことを理解する子がいた。このお話にしてよかったと思う。
 次の『おなら (かがくのとも絵本)』は、子どもたちはもう大はしゃぎだ。なにせ、大好きなおならだから。その上、読み方がとても自然でよかった。ああ、こんな風に子どもたちと会話するように読めるなんてすごいなと思った。
大型絵本 こすずめのぼうけん (こどものとも劇場) 』は、読み手は小さな絵本を読んで、他のものが大型絵本を持って、捲った。私は捲る係。ストーリーテリングでお話を覚えているので、こっそり次ページの言葉を見て、タイミングをあわせてめくるようにした。これは、1度練習しておいた方がよかったかもしれない。
 15分ほど時間が余ったので、おまけの『大型絵本>キャベツくん (ぽっぽライブラリ みるみる大型絵本)』。もちろん、子どもたちは大喜び。読んでいる声が聞こえないほど、わいわい言うのだが、次の動物の名が出てくるときには、しんとして耳を傾ける。楽しみ方をよくわかっている。長新太さんが2冊なってしまったのは、失敗と思ったが、ま、子どもたち喜んでくれたから、よかったということにしておこう。

       

課題図書を読む『きみ、なにがすき?』

 絵本から本への綱渡しにぴったりとなる作品。作者のはせがわさとみさんは、たくさんの絵本作家を輩出している「あとさき塾」出身なのですね。

きみ、なにがすき?
 はせがわさとみ作
 あかね書房

     

 森の奥に住むあなぐまは、庭の草を抜いて畑をつくろうと思い立つ。

  くさぬくよ ほい
  いらないくさ ほい
  くさをぬいたら
  ぼくのはたけ   (p7)

 と歌いながら、なかよしのこぶたが好きなジャガイモをつくろうと思いつく。さっそく種イモを買いに行くと、途中でこぶたにばったり。こぶたは自分の畑でとれたじゃがいもをあなぐまの家に持ってくるところだった。じゃあ、じゃがいもはつくらなくていい。そこで、あなぐまは、家に帰って草をぬきながら考えた。そうだ、りすのの大好きなりんごの木を植えよう。そこで、りんごの苗を買いに出かけると、今度は、りすに出会う。りすは自分の家の裏庭でとれたりんごをあなぐまに持ってくるところだった。じゃあ、りんごの木はもう植えなくていい。それなら……。あなぐまは、うさぎの好きな人参、はりねずみの好きなきいちごと、畑で育てるものを考えるけれど、ことごとく、自分が作るまでもないと分って、とうとう、怒り出す。

 大好きな友だちを喜ばそうと張り切ったのに空回り。喜ばすつもりが、いつのまにか、腹をたてて八つ当たりして、いじけてしまう。そんなつもりじゃなかったのに……。子どもの心に寄り添った、なんてかわいらしいおはなしだろう。やさしい色使いの絵も、ほのぼのとかわいらしい、このお話にぴったりだ。

 いいことを思いついたあなぐまが家を出て、こぶた、りす、うさぎ、はりねずみと出会う。この繰り返しで話が進んでいく。読む者は、先が容易に予測でき、あなぐまの気持ちが、嬉しさと落胆に、大きくアップダウンするのがおかしくてかわいい。一方で、あなぐまの気持ちには、焦りが少しずつまじりはじめ、出会うタイミングも早くなり加速して、あなぐまが怒りを爆発させるクライマックスに向かう。この変化が面白く、一層楽しく読める。

 友だちが大好きなこぶたが、庭につくったものは……。だれもが納得して、いいなあと思えるラストが素敵だ。

*第64回青少年読書感想文全国コンクール 小学校低学年の部 課題図書

課題図書を読む『最後のオオカミ』

 課題図書に選ばれない年が珍しいんじゃないかと思えるぐらい、よく選ばれているマイケル・モーパーゴ。歴史が絡む作品が多いせいでしょうか? 本作は、ロンドンの国立美術館テート・ブリテン付きの作家である(このことを、私は、この本のあとがきで初めて知りました)彼が、美術館の絵の1点にまつわる物語をと頼まれて書いた作品だそうです。

最後のオオカミ (文研ブックランド)
 マイケル・モーパーゴ作
 はら るい訳
 文研出版

     

 肺炎をこじらせ、家で安静治療をしているマイケル・マクロードは、孫娘から教わりながら、パソコンで自分の家のルーツ調査を始める。
 スコットランド人である父方の家系をさぐるうち、アメリカに住む女性マリアンからメールが届く。マイケルとマリアンは遠縁のいとこで、ふたりの祖先は、1700年代、スコットランド北部インバネス州にいたロビー・マクロードだろうというのだ。さらに彼女は、祖先ロビーの遺言書をみつけてスキャンしたから、送信してくれるという。送られた遺言書には、ロビーの驚くべき一生が物語られていた。

 ロビーは幼くして父母を失い、インバネス州の叔父に引き取られる。だが、ひどい扱いをうけ12歳のとき逃げ出し、物乞いや盗みで飢えをしのいだ。ある日、子どものいない親切な夫婦に引き取られ、実子のようにかわいがってもらう。3年の幸せな時を過ぎたあと、チャールズ王子ひきうるスコットランド軍が、イングランドめざして挙兵した。ロビーと養父は、養母の反対を押し切って入隊。カロデン・ムアでの戦いで養父は銃に撃たれて死亡する。ロビーは家に逃げ帰ったが、養母もイギリス軍に殺されていた。反乱軍兵士としてイギリス兵に追われる身となったロビーは、スコットランド高地へ逃げこんだ。
 逃げまどうなか、ロビーは、「スコットランド最後のオオカミ/この石の近くで射殺される/一七四六年四月二十四日」と印された石をみつける。その近くには、オオカミの子どもがいた。ロビーは、そのオオカミの子をチャーリーと名付け、ともに逃亡生活を続ける。
 ロビーは、チャーリーが大きくなってからは、猟犬に見えるように毛をかって連れて歩いた。そして、エジンバラに出て、仕事をみつける。だがイギリス兵も大勢いたので、目立たないように気をつけた。
 ある夜、港を散歩しているロビーとチャーリーに、アメリカへ渡らないかと、ペリカン号の船長が話しかけてきた。船長はロビーがイギリス兵に追われていること、チャーリーが実はオオカミであることを、はっきりと口にしないが見抜いていた。ロビーは船長に身をゆだねることにする――。

 かなり大きな文字でたった約80ページの遺言の手記に、ロビーの波乱万丈な人生がおさまっている。そのため、物語の展開がものすごく速い。出来事だけを追ってどんどん読み進める。
 イギリス兵を逃れて多くのスコットランド人がアメリカへ逃げた歴史、オオカミの子の成長とロビーとの気持ちの交流、新天地での自由、ルーツ探し……短いページに、ぎっしり詰め込まれているが、そのすべてが、ざっくりしている。読者によって興味を持つ対象は違うだろうが、興味のその先のへと進む入口となる作品となるかもしれない。
 ただ、やはり、ダイジェスト版のような読後感で、もっとみっちり書かれた物語で読みたかったと思ってしまう。日本の小学生たちは、おそらく歴史的背景になじみのないだろうが、この作品をどう読むだろうか?

*第64回青少年読書感想文全国コンクール 小学校中学年の部 課題図書

H小学校 朝の読み聞かせ 1年2組 今回も『まゆとかっぱ』が喜ばれる

 今年度からH小学校は、学級委員がお世話をしてくださることになった。ボランティアを部屋に案内して、子どもたちと一緒に聞いてくれる。ボランティアと子どもたちを見て、読み聞かせを自分でもしたいなと思う方が出てくるといいなと思う。

プログラム
 手遊び 頭にぼうし目にめがね
 おはなし おいしいおかゆ グリムの昔話
 絵本 まゆとかっぱ 富安陽子文 降矢なな絵 こどものとも 2015.04号 福音館書店

 これぞ1年生。とっても元気がいい。担任の先生が子どもたちを読み聞かせの体勢に座らせるのに、苦労されている。おはなしと絵本を用意し、もし時間があれば、お話の前に短い絵本をと考えていたのだが、その時間はなさそうだ。だが、この元気が有り余っている子たちに、知らないおばさんが、いきなり、しっとりと、おはなししても聞いてもらえるだろうか? そこで、手遊びを少しだけして、お話を始めた。
 はじめ、きょろきょろしたり、ひとことひとことに過剰に反応を示していた子どもたちも、次第に静かに聞き出した。よしよしと思ったところで、チャイムならぬ音楽が……。ああ、この学校はそうだったと、内心苦笑いしつつ、ここは頑張るしかないとかまわず語り続けた、子どもたちは、めげずに語る私を見て、ちゃんと聞かなくちゃと思ったのか、それまでよりさらに一生懸命、聞いている。気持ちは通じるものだ。語り終わると、「じゃあ、おかゆがいっぱい食べれる」と今まで聞いたことのない感想をいってくれた子がいた。おかゆがたくさんあることが悪いことではなくて、いいことなんだ。なるほど~。
『まゆとかっぱ』は、机の後ろにいた子が、まゆシリーズを知っている子がいて、「すごい力持ちだよ」と説明して、前の方に出てきた。ああ、この本を選んでよかったと思う。子どもたちは、とてもよく聞いていた。カッパが次々出てくるのをとても面白がった。まゆがデッカマルを投げ飛ばすと、大喜びだ。
 読み終わって、まゆシリーズはまだほかにもあるから、市立図書館などで探して読んでね。というと、「まゆとかっぱがいい」という声。他も面白いから、読んでほしいと思う。

H児童センター 未満児さん おはなし会 自由参加で楽しく

 前回道を間違えてしまったH児童センター。今日はまちがえないようにと思っていたのに、また、曲がる交差点を通り過ぎてしまった。でも、今回はすぐ気づいてUターン。無事つきました。

プログラム
 わらべうた くまさんくまさん
 絵本 ぽつぽつぽつ 増田純子作 こどものとも0.1.2. 2013.06 福音館書店
 絵本 ちょうちょうひらひら まどみちお文 にしまきかやこ絵 こぐま社 *
 わらべうた ちょうちょう *
       ぎったんばったん *
       ももやももや *
 絵本 ちゅうちゅうちゅちゅちゅ 村田エミコ作 こどものとも0.1.2. 2018.05 福音館書店
 紙芝居 くいしんぼうのまんまるおに (かずとかたちのファンタジー) 松井エイコ作 童心社
 わらべうた くまさんくまさん

 いつものように、まずはセンターの先生と親子のリズミ遊びを3つ。ジャンプをしたリ、お母さんのおひざでバス旅行に行ったり。ミックスジュースの手遊びもあった。それから私たちのおはなし会になる。13組の親子が集まっていた。ほとんど2歳くらいの子たちで、1組は下の子が1歳ぐらいだった。
 2歳くらいだと、歩き回ったりする子もいるけれど、絵本にも興味があって、よく見ていた。『ぽつぽつぽつ』では、いっしょに「ぽつぽつ」といってみたり、かえるを見て「カエル!」と叫んだり。そのあと私が『ちょうちょうひらひら』を読んだ。「ちょうちょうひらひら」のところだけ、わらべうた調に歌うと、歌の力は大きくて、やっぱりよく見てくれる。淡い絵はちょうちょうが少しわかりにくいので、「あっ、白いちょうちょうさんが飛んできたよ」と説明も入れた。ゾウがでてくると「ぞうさん!」との声。大きなゾウは子どもたちの人気者だ。そのあとねハンカチを「ちょうちょうひらひら このこにとまれ」と歌いながらハンカチをくばってわらべうた遊びをした。ここでも、やらない子はいる。でも、やっている子はとても楽しそうに一生けん命やっていた。まだ小さいもの自由参加でいい。「ももやももや」は3回やったのだが、3回目にとてもうまくてきた子がいたそうだ。
 とても喜んだのは紙芝居『くいしんぼうのまんまるおに (かずとかたちのファンタジー)』だ。まずは舞台に興味津々。沢山の子が前に出てきて触りたがる。初めのうちは、その子たちを座らせるのに先生とお母さん方が大わらわ。でも、途中から、絵をじっと見ている。どこまでお話を理解しているかどうかはわからないが、オニが泣くと「おなかが痛いの」と言う子がいたり、グネグネ道をなんだろうという顔をしてみたり。子どもたちが惹きつけられているのがわかった。
 おわっから別室でお茶をいただいていると、「くまさんくまさん」を歌っている子がいる。ここいうのを聞くと、とても嬉しくなる。

  

朝の読み聞かせ 4年1組 強行スケジュール山越えの日

 今週は5日連続のおはなし会。明日以外はみなストーリーテリングで、年齢や場所が違うために、毎回ちがうお話を語ることになってしまった。きょう語ったのが、いちばん慣れていないので、山越えだと思っていた。さて……

 語ったのは「小石投げの名人」。ラオスの昔話だ。
 朝、さらっとおさらいしたとき、あれ?なんだか、最初のあたりが怪しいぞと思ったのがいけなかっただろうか。初めのうち、少し語っては空白、また少し語っては空白という感じになってしまった。それでも、途中からは調子を取り戻したので、安心して、最後まで語り終えた。子どもたちは、じっときいていた。王様が大臣の口の中に土の粒を投げ込むようタオ・カムに命じ、それが成功したあたりは、面白そうにする子もいて、いちばん子どもたちが面白そうに聞いたところだ。ラストのところは、チャイムが鳴ってしまったので、子どもたちの気もそれた。おはなしの筋は終わり、教訓的なところも入っているので、子どもたちにはつまらない部分かもしれないが……。
 先生からは「こんなに長いお話を覚えられてすごいですね」というお言葉。うーん、たどたどしくて覚えた!という感じになってしまっただろうか? だとしたら嫌だなあ。しや、そんな風にとってはいけない。思うように語れないと、素直に受け止められないんだよね。

 今回、わたしには強行スケジュールすぎて、気持ちよく語るまでいかなかったかもしれない。子どもたちには私のスケジュールなど関係ないわけで……だから、もっと無理のない計画をたてないと……。でも、おはなし会って重なるし、新しいお話も覚えたいし……。
 悩みは尽きないけれど、なにはともあれ、最後まで大過なく語ったのだから、よしとしよう。

K第2幼稚園 年長さん ストーリーテリングによるおはなし会 子どもたちに届くことを願って語る

 もう何年、この園に行かせてもらっているだろうか? 年長さんに、年に3回。子どもたちに喜ばれるお話をと考えるうちに、だんだんプログラムが決まってきた。今回も手遊び以外は同じ内容。でも、子どもたちは毎年変わるから、それでいい。

プログラム
 はじまりのうた ろうそくぱっ *
 おはなし ひなどりとネコ ミャンマーの昔話 *
 手遊び ふくすけさん *
 おはなし ついでにペロリ デンマークの昔話
 おしまいのうた ろうそくぱっ

 たいてい落ち着いている園なのだが、今年の子はとりわけお利口な感じがした。全員きちんと背筋をのばしてお山すわりをしている。はじめてのことなので、緊張しているのだろうか。
「ひなどりとネコ」は、とてもよく聞いてくれたように思う。ひなどりが何度もくしゃみをしたいとおかあさんどりに言うところでは、何人かが、にこにこと笑っている。とうとうくしゃみをしてしまうと、いちばん前の子がびくっと飛び上がったのは、驚いた。
 でも、それで疲れたのだろうか?「ついでにペロリ」では、反応がいまひとつだ。語り手も語りにくそうだ。それでも、おはなしのあとで、先生がネコはどんなおなかだろうね?というと、「赤ちゃんがいるくらい」とか、手でお腹を大きくして見せる子もいて、ちゃんと聞いていたんだと思う。
 お話をきいているとき、子どもたちの頭の中でどんなことが起きているのか、わからない。語る私たちは、ただ、お話が届くことを願って、素直にきちんと語りたい。

課題図書を読む『なずず このっぺ』

 2017年コルデコット賞のオナー作品に選ばれたという本。とても斬新でした!!

なずず このっぺ?
 カーソン・エリス作
 アーサー・ビナード訳
 フレーベル館

     

 地面から出てきた芽をみつけて、虫たちがなにやら話している。「なずず このっぺ?」「わっばど がららん」。どうやら虫語らしい。「これ、なんだろ?」「さあ、わからん」とでもいっているのだろうか? 芽の隣では丸太がころがっていて、毛虫が「じゃじゃこん!」といって、枝にぶら下がると、さなぎになる。
 芽はのびて花が咲き、やがて、しおれる。丸太のさなぎからは蛾が生まれる。そして、雪が降り、また春になって芽が出る。すると、「なずず このっぺ」「じゃじゃこん」の会話が戻ってくる。繰り返される、虫たちの1年のドラマだ。

 ドラマの中心になるのは3匹の虫。そのうち1匹はテントウムシだけれど、後の2匹ははっきりわからない。なにかの小さな甲虫だろうか? この3匹が、伸びてきた植物に、はしごや木材をもってきて、自分たちの住処にする。ところが、クモがやってきて、そこに巣をつくってしまった。がっかりしていると、鳥がクモを一撃。虫たちは、またそこを住処にする。

 その間に交わされる言葉は、わけのわからない虫語だけ。素朴で懐かしいような響きがあるけれど、意味は分かったような、分からないような。全身で気持ちを表している虫たちと状況から想像するしかない。でも、読者がどう想像して、どう訳しても、間違いではないだろう。
 たとえば、クモが住処にやってきたとき、「ムクジャランカ!」という声が行きかう。「ムクジャランカ」はクモの意味だろうか? このクモは毛がいっぱい生えているから、「毛むくじゃら」という意味かもしれない。一匹は、「フンレンガ ぽしゃり……」とかなり落胆しているが、クモがいなくなると、飛びあかって喜び「ムクジャランカ ぽしゃり!」。「ぽしゃり」は、「なくなる」ということ? それとも「おしまい」? 
 植物に花が咲いた時はにぎやかだ。「みりご めりご ルンバボン!」と、喜びに満ちている。何と言っているか定かではないが、なんだかウキウキしてくるではないか。

 美しい色彩の絵は、全ページ、アングルは一緒で、丸太と植物と虫たちが、季節の移り変わりとともに変わっていく。デザイン化されユーモラスな動きを見せる様々な虫たち。夜の美しい場面。細々と書かれた虫の家財道具。見るたびに発見があり、想像が膨らむ。

 くりかえしページを捲って、虫語の素朴な響きを味わい、意味をくみとり、絵を眺めれば、もしかしたら、いつのまにか、虫語がわかってくるかもしれない。
 虫の国へようこそ! さあ、虫たちと会話しよう。

*第64回青少年読書感想文全国コンクール 小学校低学年の部 課題図書

C児童館 小学生 ストーリーテリングによるおはなし会 聞いていなさそうで聞いている。

 隣市の小学校は土曜日が参観日で、今日は振替休日。それで児童保育の行われているC児童館から呼んでいただけた。前回もうした振替休日に行われ、私はいっていないが、子どもたちを全員参加にしたところ、部屋を出たり入ったりする子がいて、落ち着いた環境にできなかったということで、今日は聞きたい子だけ。1年生から5年生まで、17名集まった。

プログラム
 ふしぎなたいこ 日本の昔話
 はらぺこピエトリン イタリアの昔話 *
 アナンシと五 ジャマイカの昔話

「ふしぎなたいこ」の時に静かに聞いていたので、よしよし、聞いてくれそう思って前に出たのだが、いきなり「絵本にして」と言われてしまった。「自分で絵本を思い描いてね」と言ったのだが、納得していないのは明らか。それでも、めげずに「はらぺこピエトリン」始めた。なかなか話にのって来なかったが、羊や牛のふんを食べ物とすり替えるところで笑いが起こり、よしよしと思った。でも、後半、いつものように話についてきてくれない。自分の予想した反応でないことにうろたえて、私ものらず、とりあえず最後まで語ったものの、緊張感がなく、不完全燃焼な感じだ。次の「アナンシと五」で、子どもたちの様子を見ていると、きょろきょろしたり、となりの子と突きあったりで、あんまり聞いていない感じがした。お話、分ってるんだろうか?に思ったりもした。それでも、ラストでアナンシが「1、2、3、4、5」と数えて、墓穴を掘ると、「5って言った!」という声があがり嬉しそうにしている。ああー、ちゃんと分って聞いていたんだと驚かされた。
 児童保育は、そもそも子どもの自由な時間をいただいているのだから、小学校や幼稚園で語るのと違う。子どもの反応を勝手に想像していた自分を反省した。

課題図書を読む『一〇五度』

 私の心にかちっとはまった作品でした。作者は佐藤まどかさん、ほかの作品も絶対読まなくては……。

一〇五度
 佐藤まどか作
 あすなろ書房

     

 大木戸真の家族は、体が不自由で一人暮らしとなった祖父と暮らすために引越し、真は、中三の始業式から中高一貫校に編入した。真の祖父はかつてイス職人をしており、その影響からなのか、真も椅子のデザインに魅せられていた。
 同じ学年に、ひとりだけスラックスをはく女生徒、早川梨々がいた。梨々の祖父は、椅子業界では有名な会社の創業者で、モデラー(デザインされた設計図をもとに形にする職人)だった。梨々も将来はイスのモデラーになりたいと思っていた。
 ふたりは学校図書館の本『イスのデザインミュージアム』や、紳士服店にディスプレイされた骨董品の寝椅子を巡って会話をかわし、意気投合。7月に行われる「全国学生チェアデザインコンぺ」に、真がデザイナー、梨々がモデラーとしてチームを組み、参加することにする。

 コンペの結果が発表されるまでの過程をストーリーラインに、進路の悩み、立ちふさがる親の壁が描かれる。中高生がイスに興味をもつことはあまり一般的ではないが、進路に悩み、親と衝突するのは、多かれ少なかれ誰でもあるから、とても共感して読める。
 真も梨々も、将来の夢を親に反対されている。真は父親の一流企業願望により、梨々は女にはモデラーは無理という理由で。子どもに苦労をさせたくない親心だが、子どもには、うっとおしい枷だ。
 とくに真の父親は極端でひどい。真が一流大学(T大、K大としてあるのは、東京大学と慶応大学だろうか?)へ進学することを望み、デザインやアートといったクリエイティブな仕事に進むのは許さない。デザイン画を描くことさえ許さず、テストの成績をあげることだけに集中させようとする。年齢の低いうちは真も父親に従い、父親のために猛勉強して成績をあげたが、次第に父親の望む将来が、自分の望むものではないとわかってきた。だが、身長185cm、高校でラグビー部主将だった父親は、体格的にも精神的にも巨大な壁だ。真は少しずつ声をだし、父親にくってかかり、自分の思いをぶつけていく。壁をぶち破る日は近いうちに必ず来るだろう。
 しかし、この作品は、ただ夢に向かって突き進めと無責任に後押しするではない。デザイナーとしての成功者、失敗者の話を載せ、厳しい現実――才能と努力だけではどうにもならない業界であることを、真と読者にしっかり見せる。また、イス職人だった祖父の言葉は考えさせられる。職人としての誇りを保ちながら、時代の流れを乗り越えた苦労人の言葉だからこそ、重みがあり、納得させられる。こうして多方面から光を当てたうえで、さあ、自分の進路を決めるのはあなたですよと励ましている。

 タイトルの「一〇五度」は、真と梨々が製作するイス原寸模型の背もたれの角度だ。まっすぐ座るのではなく、少しリラックスする角度で、パソコン用や会議用によいとされる角度らしい。祖父がいうように、「軽く寄りかかるのにいいあんばい」で、それは人と人が互いに寄りかかりすぎずに、頼り頼られる絶妙な角度なのだ。コンペに出す椅子の原寸模型をつくる過程で、真は、背もたれだけでなく、梨々や、関わる人との一〇五度の関係を体得していく。病弱で両親に甘やかされる弟、力への真の気持ちの変化も、一〇五度の体得から生まれた来たのだろう。

 ところで、梨々は制服のスカートではなくスラックスをはいて登場する。私は、この作品も、最近テーマにされやすいLGBTやいじめの問題を含むと思って読み始めたのだが、そのあたり、真と梨々は突き抜けていた。イスに熱中するふたりに、男女の隔たりはみじんもない。同級生の偏見などとるにたらないことで、一瞬にして吹きとばしてしえるのだ。
 真と梨々は、デザイナーとモデラー、ひとりの人間と人間として、立っている。一〇五度のちょうどいい角度で寄りかかりながら。こうしたふたりが互いに刺激しあい、前をむいていく姿はすがすがしく、とても読み心地がよかった。

 作者は、イタリアでプロダクトデザイナーとして活躍しながら、児童書を書くという才能あふれる人だ。デザイン業界に身をおく彼女が、その知識と体験を、一般的な若者が共感できる物語の構成に、巧みに織りこんで書いている。そのため、デザインに関心のなかった読み手も、すんなり知識をえて理解でき、そのまま物語に没頭していける。私は「プロダクトデザイン」や「インダストリアルデザイン」があることをはじめ、さまざまなことを知り、好奇心をかきたてられながら、物語に入り込み、ラストでは感動で胸がいっぱいになった。

 進路に迷う人、そもそもやりたいことがない人、進路を決めた人、子どもを心配する親、
自分の生き方はこれでいいかと悩む人。すべての人に得られるところが多い本だと思う。中学生だけでなく高校生にも読んでもらいたい。

*第64回青少年読書感想文全国コンクール 中学校の部 課題図書

I市立図書館6月のおはなし会 楽しい場所でありたい

 昨夜の嵐は嘘のように朝からかんかんと晴れた。涼をもとめて、図書館の来館者が増えてくる時期だ。たくさんの親子があつまってくれた子ども13人と大人12人。2-3歳の小さな子が多いが小学生も何人か。みな親子で聞いてくれた。

プログラム
 わらべうた&あてっこあそび おてぶしてぶし *
 絵本 さくらんぼさくらんぼ (小さな子どもの心におくる絵本) 岸田衿子文 長新太絵 ひかりのくに社  *
 絵本 ルラルさんのじてんしゃ (いとうひろしの本) いとうひろし作 ポプラ社 *
 手遊び くまさんくまさん 
 絵本 とんとんとんと 五味太郎作 クレヨンハウス
 紙芝居 なぜ、七夕にささかざりをするの? (なぜ?どうして?たのしい行事) 若山甲介脚本 常光徹監修 藤田ひおこ画 童心社
 大型絵本 でんしゃにのって (うららちゃんののりものえほん) とよたかずひこ作 アリス館 *
 わらべうた さよならあんころもち

「おてぶしてぶし」は、3回繰り返した。さくらんぼがどちらに入っているかを当てるのだが、2回目で外れる子が多かったので、3回目は絶対にあててもらおうとして、大失敗。はいっていないほうの手を開けたままにして、「どっちだ?」と言ってしまった。大笑い。そして、もちろん、みんなあてられた。加齢のせいだろうか、頭と身体が違うことをしてしまう。でも、まあ、みんな楽しそうだったから、よしとしよう。
さくらんぼさくらんぼ (小さな子どもの心におくる絵本)』も『ルラルさんのじてんしゃ (いとうひろしの本)』も、びっくりするぐらい、よく聞いていた。『さくらんぼさくらんぼ (小さな子どもの心におくる絵本)』で、最後に「だれかがたべちゃった」と読むと、「ぞうさんだよ」の声。『ルラルさんのじてんしゃ (いとうひろしの本)』で自転車が坂をすごいスピードで走りだすと、「だいじょうぶだよ」と言っている声。静かな中で、こうした声が聞こえるのはとても嬉しいし、読んでいて励みになる。
「くまさんくまさん」の手遊びは、小さな子がとても嬉しそうにやっていて、親も笑顔!笑顔!だった。次の『とんとんとんと』を読んでいるとき、えっ、計画通りのプログラムだと、時間が余りすぎることに気付いた。紙芝居『』を読んでいるうちに、あわてて図書館の中をまわって、大型絵本『なぜ、七夕にささかざりをするの? (なぜ?どうして?たのしい行事) 』をみつけて、急きょ入れてみた。これもまた、よく聞いてくれた。この絵本は小学校などで読むと、子どもたちはわいわい言って喜ぶのだが、図書館だとこんなに静かなのだ。でも、子どもたちは、じっと動きをとめて、しっかり絵を見ていたから、楽しんでくれたと思う。

 ところで、紙芝居のとき2歳の子が「もう嫌だ~でていく~」とぐずって出て行かれた親子があった。外でお母さんが「もうしわけありません、みんなといるのが苦手なんです。」とおっしゃった。「いえいえ、まだ小さいんですもの大丈夫ですよ、またきてくださいね」と声掛けしたけれど、本当に心配しないでほしい。子どもはそれぞれ興味の対象が違うし、日によって気分も変わるし、なにより成長もするし、その子がそのときのその子でいるのが一番だから。
 おはなし会は楽しい場所であってほしいから、無理にお利口にしてなくていい、その子のペースで参加してほしい。

    

  

課題図書を読む『こんぴら狗』

 巻末には参考文献が細かな字でびっしり。あとがきによれば、この作品にとりりかかった時1歳だった作者の飼い犬が、完成時には6歳になったという。5年の月日を費やして、きっちりと調べあげて書いた作者の情熱が感じられる。

こんぴら狗 (くもんの児童文学)
 今井恭子作
 いぬんこ画
 くもん出版

     

 文政3年(1820年)、江戸の線香問屋の12歳の娘、弥生は、生まれてすぐに捨てられた子犬を拾い、ムツキと名付ける。ムツキは瀕死の状態だったが、弥生の手厚い看護で命をとりとめ、元気になり、弥生になついた。
 3年後、弥生の兄が病死し、そのあと弥生も風邪をひいてから病に伏せるようになった。心配した両親は神さまにおすがりするしかないと、ムツキをこんぴら狗の旅に出すことにする。
 こんぴら狗とは、讃岐の金毘羅さんへ飼い主に代わって参拝にいく犬のこと。木札に飼い主の氏名や住所を書き、初穂料や道中の餌代の入った銭袋を首にさげて、旅人から旅人へと託されて、金毘羅参詣へいき、お札をもらって帰ってくるのだ。この作品はフィクションだが、こんぴら狗がいたは本当らしい。
 はじめムツキは、知り合い瀬戸物問屋の隠居の京見物についていき、京都から、商人などの旅人に託される予定だった。出会う人たちは、ムツキがこんぴら狗と知るとたいてい、ありがたがり、手助けした。箱根の関所では相好をくずした役人から「気をつけていけ」と声をかけられる。大井川の渡しではムツキが輦台からおちるとうハプニングもあったが、順調に進んでいった。だが、伊勢湾を渡る船が大雨に会い、ご隠居が風邪をひいてから、ムツキの旅に暗雲がただよいはじめる。

 江戸から東海道をくだり京都へ。さらに大阪から四国へと、犬が旅する。もちろん犬には道はわからないし、海も渡らなければならない。参詣の意味も知らない。そんな遠くへ行くのは、いくらなんでも無理でしょうと私は思った。
 だが、江戸時代、科学が進んでいないからこそ、人々の信仰は今では信じられないくらい厚かった。こんぴら狗に託された飼い主の願いをなんとかかなえてあげたいと、見も知らぬ人々がそれぞれのやり方でムツキに力をかす。その人々の情の厚さ、純朴さに驚かされた。

 作品では、ムツキの旅した道のりをたどりながら、当時の人々の暮らしぶりや社会を紹介しつつ、ムツキが出会った人たちの物語の断片で紡ぎついでいく。口達者な偽薬売り、淡い恋をする芸者見習いと水主見習いの少年など、その時代を生きぬいている庶民の姿が生き生きとうきあがってくる。生真面目な役人たちの姿は滑稽だ。こんぴら狗と知りながら、路頭に迷わせては恥と、宿場から宿場への引き継ぎに奮闘し、ついにはムツキを無理やりお籠に乗せて運ぼうとする。
 だが、なんといっても心を打ったのは、伊勢参りから帰る油問屋の母子だ。生まれつき目が不自由な息子の視力回復を祈願する旅で、母は、ムツキと息子の触れ合いを通して、息子の成長を感じ、息子への自分の接し方を考えていく。

 ムツキがどうか使命を果たせますようにと願いながら、次から次へと出会う風物や出来事、人々で、飽きることなく、一気に面白く読める作品。大人にもお薦めだ。

*第64回青少年読書感想文全国コンクール 小学校高学年の部 課題図書

課題図書を読む『森のおくから むかし、カナダであった ほんとうのはなし』

 作者あとがきによれば、作者の亡くなった祖父が本当に体験した出来事とのこと。作者は、祖父が母に話し、母が作者に話したこの驚くべき出来事を、自分の子どもに話してやりたいと、書いている。家族に語り継がれてきた本当の話が、こうして絵本になって、合衆国で、日本で、世界に語り継がれることになった。きっと多くの人の印象に残るはずだ。

森のおくから―むかし、カナダであったほんとうのはなし
 レベッカ・ボンド作
 もりうちすみこ訳
 ゴブリン書房

     

 1914年。10歳のアントニオはカナダの森のなかのゴーガンダ湖のほとりに住んでいた。おかあさんがホテルをやっていたからだ。ホテルは3階建てで、1階は食堂、2階は宿泊の個室、3階は大部屋でいくつも2段ベッドが並んでいた。大部屋の客は、森で木を切ったり、銀の鉱石を掘り出したり、狩りをして長期間泊まつた。小さなアントニオは、ホテルで働く人や泊まる人の中に入って、遊んだり、話を聞いたりした。森に行けば、動物の足跡や寝た跡をみつけたが、実際に動物の姿を見たことはなかった。動物たちは、アントニオが行けるより、もっと深い森に身を隠していたのだ。
 晴天が続いて、森がからからにかわいたある日、森から煙がたちのぼった。山火事が起きたのだ。火はあっというまに燃え広がり、アントニオたち人間の住むところまでせまつてきた。アントニオもお母さんも宿泊客もみな、ゴーガンダ湖に逃げるしかなかった。火はどんどん激しくなり、アントニオたちは水につかって、どんどん深いところまで逃げた。そのとき、信じられないことが起きる。森から動物たちが逃げてきたのだ……。

 まるで映画のような、神々しいお話に、本当にこんなことがあるなんて……と感嘆して読んだ。当時たった5歳だったアントニオの生涯忘れない記憶になったというのも、頷ける。
 人間が動物を狩り、オオカミはシカを襲い、キツネはウサギを追う。そうした本来の習性を忘れて、炎という圧倒的な怪物を前に、人間と動物がふしぎな連帯感で繋がった。荒れ狂う炎の前には、人も動物も少しも変わらない、無力な小さい生き物だったのだ。
 出来事が終息した後、人間と動物は、静かに元の場所に戻っていく。そこには静けさが漂っていて、この驚くべき出来事の神秘さをさらに強く感じた。

 ところで、絵本の前半では、約100年前のカナダの森のホテルが、5歳のアントニオを介して紹介されている。作者の祖父の話を元に描かれたのだろう。セピア色を基調にしたページは、古い時代への郷愁と好奇心をかきたてる。当時の生活の一端が映し出された、この前半の数ページも、不思議さの漂う後半に劣らず魅力的だ。
 森で働く男たちが、何人もいっしょに寝泊りし、男たちの扱う道具とタバコと体臭がこもった部屋。様々な国の言葉がいきかい、がやがやと騒がしくても、明かりが消えて真っ暗になれば、労働で疲れた体はすぐに眠り落ち、外の葉擦れのおささえ聞こえるほどしんとする。そこは、汗臭い人間の血が通う空間だ。
 幼いアントニオは、きっとこうしたたくましい男たちを憧れの目で見ていたことだろう。男たちも、自由に部屋に出入りするアントニオを、宿のぼうやとして、受け入れ、かわいがっていただろう。アントニオのお母さんのホテルは、人間同士の垣根が低い場所だったのだと思う。

 当時のカナダの森で働く人々を知り、また動物たちとの神秘的なつながりを疑似体験ができる。子どもにも大人にも印象深い絵本になるだろう。、

*第64回青少年読書感想文全国コンクール 小学校中学年の部 課題図書

 作者のレベッカ・ボンドは、2017年8月(この作品の邦訳がでてすぐだ!)に45歳で亡くなったという。今まで、『あかちゃんのゆりかご (世界の絵本)』『牛をかぶったカメラマン―キーアトン兄弟の物語』などの作品を読んだことがあり、絵が素晴らしく、これからが楽しみな作家だと思っていたのでショック! パブリリッシャ―ズ・ウィークリーの記事に、" died on August 2 after a brief illness." とあった。あっけなく亡くなってしまったのだろうか? 

6月のK図書館分館おはなし会 来てくれた子にぴったりの絵本を読みたいけれど……なかなか

 今日は、午前中、車で1時間ほど行ったところでわらべうた講座を受け、いったん家に帰ってお昼ごはん。そして近所のK図書館分館へ行ったので大忙し。そのせいか、紙芝居を忘れ、図書館でなじみの紙芝居をさがして……とあせくせしてしまった。余裕が大切だ。
 でも、0歳のあかちゃん、2-4歳さん3人の子どもたちがにこにこ笑顔で助けてくれた。エプロンシアターから、小学生のお姉ちゃんが参加した。

プログラム
 わらべうたであてっこ おてぶしてぶし *
 絵本 さくらんぼさくらんぼ (小さな子どもの心におくる絵本) 岸田衿子文 長新太絵 ひかりのくに *
 絵本 ルラルさんのじてんしゃ (いとうひろしの本) いとうひろし作 ポプラ社 *
 わらべうた でろでろ つのでろ *
 絵本 やさいのおなか (幼児絵本シリーズ) きうちかつ作 福音館書店 *
 紙芝居 るるのおうち (とびだすせかい) まついのりこ作 童心社 *
 エプロンシアター はらべこかいじゅう

「おてぶしてぶし」では、さくらんぼがどちらの手に入っているか当ててもらうのだが、両方指さしてしまう。だから絶対にあたるわけで「大当り!」というと、みんなとても嬉しそうに笑う。絵本は、どれもよく見ていたけれど、ずっと集中はできないようだ。年齢的には『さくらんぼさくらんぼ (小さな子どもの心におくる絵本』はぴったり。『ルラルさんのじてんしゃ (いとうひろしの本) 』は、まだ理解を超えてしまっているかもしれない。やめるべきだったかなと思ったのは『やさいのおなか (幼児絵本シリーズ)』。まだ野菜の切り口がどういう形になるかは、分からない。実は『やさいでぺったん―スタンプ遊びの絵本 (かがくのとも傑作集 わいわいあそび)』を読みたかったのを、小さな子にはわからないと思って『やさいのおなか (幼児絵本シリーズ)』に変えたのだが、それでも難しい。それでも「ピーマン」と「レンコン」を当ててくれたので、驚いた。小さな子の頭の中はわからない。
 紙芝居『 るるのおうち (とびだすせかい)』は、年齢にちょうどよかったと思う。子どもたちは、ルルのおうちではないのを、即答で答えてくれる。この見分ける力もすごいなと思う。
 でも、なんといってもこともたちが喜んだのが「はらぺこかいじゅう」。演じ手がかいじゅうにりんごやケーキを、子どもたちに食べさせると、大喜びだった。怪獣のお腹が痛くなると、「そんなに食べちゃいけないよ!」。食べてはいいけないものが、ちゃんとわかっているんだ。

 今日用意した絵本は、小さい子(2-3歳)向けのが1冊だけだったと反省。来てくれた子どもたちにぴったりの絵本を読みたいけれど、うまくかみ合わない。対象年齢の違う絵本を、何冊も用意しておくといいと、わかってはいるけれど、準備するのが遅れたりすると、間に合わないんなあ。

    

 

課題図書を読む『ルラルさんのだいくしごと』

ルラルさんのにわ (いとうひろしの本)』からはじまったルラルさんシリーズ。1巻で、心が狭くケチだったルラルさんは、すっかり心の広いやさしいおじさんになって、庭のみんな(ネコ、サル、ブタ、ワニなどの動物たち)と、いろいろなことをしてきた。ルラルさんシリーズのお話は、どれも、ほわっとあたたかいもので、心を包んでくれて、大好きだけれど、まさか、8作目にして、課題図書となるとは思わなかった!!

ルラルさんのだいくしごと (いとうひろしの本)
 いとうひろし作
 ポプラ社

     

 ルラルさんは、大工仕事がとても上手。ある日、雨もりを直そうと、梯子をつかって屋根へ。瓦のひびをうめて、もう大丈夫。さあ、屋根をおりようとしたけれど、梯子がない! 梯子が地面にたおれてしまったのだ。梯子をたてかけてもらおうと、庭のみんなに声をかける。みんな来てくれたけれど、梯子が、きしゃごっこするのに、ぴったりだったものだから……。

 動物たちが梯子の電車で庭からでていったものだから、ルラルさんは屋根のうえで呆然となる。でも、ここで、かっかと怒りだしたり、なんとかして降りようと奮闘したりはしないのが、ルラルさんだ。屋根からおりて、やりたいことがあるけれど、ま、しかたないと、さっさと、あきらめて寝ころべば、思いがけず、こんなことが起きなければ得られない素敵な時間となる。
 ルラルさんみたいに、不測の事態に無駄に抵抗せず、さっと心の切り替え、あるがままを受けとめて楽しめたら、どんなに心が穏やかだろう。自分の意志に固執せずに、物事の流れにのって、その景色を堪能する。ああ、ルラルさんを見ていると、気がほっとぬけて楽になるな、ルラルさんみたいに生きたいなと素直に思える。現実的な考えれば、屋根の上にずっといたら、熱中症になるんじゃないかと、気になるが……。

 白を背景にした明るく淡い色調の絵は、ルラルさんシリーズのほんわかした世界観を生み出している。シンプルな線で描かれているが、ルラルさんと動物たちの表情が、生き生きと伝わってくる。動物たちはいつもにこにこして、楽しくてしょうがないという様子だし、ルラルさんは様々な表情を見せている。目や口の線が表情をつくるだけではない。ルラルさんの呆然とした様子は、小さな立ち姿と、禿げ頭の後ろ姿が十二分に表している。私たち読む者は、ルラルさんワールドにすっぽりはいりこみ、いつのまにか庭のみんなの中のひとりになってしまう。
 あくせくしていたら、心が疲れたら、いつでももどってきたい世界だ。

 小さな子どもたちは、どうだろう。こんな世界にいてほしいなあ。

*第64回青少年読書感想文全国コンクール 小学校低学年の部 課題図書

課題図書を読む『わたしがいどんだ戦い 1939年』

 昨年の秋に読んだ作品が課題図書になったので再読しました。主人公は実の母親から信じられないほどの虐待を受けて育ちます。程度に大きな差があるでしょうが、親から認めてもらえない辛さを多くの人が知っているでしょう。認められなかった人、認めてあげられなかった人に、学ぶところの多い作品です。

わたしがいどんだ戦い 1939年
 キンバリー・ブルベイカー・ブラッドリー作
 大作道子訳
 評論社

     

 エイダは、右足が足首で内にねじまがって(内反足で)生まれた。母親は彼女を奇形で醜いからと家から出さないで育てた。ときには戸棚に押し込めるという折檻もした。弟ジェイミーがもうすぐ学校へ行くことになり、エイダは母親に気にいられたい、自分も外に出たいと思いから、秘かに歩行の練習をはじめる。
 1939年、戦争が始まり、ロンドンの子どもは疎開した。エイダはロンドンに残ることにになっていたが、秘かに弟のジェイミーについていき、ケント州に疎開する。二人を受け入れたのは、鬱気質の女性スーザンだった。
 その時のスーザンは、同居の親友を3年前に亡くした悲しみから、まだぬけだせずにいた。子どものことを何も知らないので、疎開児童を預かりたくはなかった。だが、引き受けたからには、できる限りの世話をしようとした。姉弟を風呂に入れ、食事をきちんととらせて、服を買いあたえ、清潔なシーツで休ませた。エイダの足を医者に診せ、松葉杖をもらい、手術をすればよくなると聞けば、母親に許可を得るための手紙も出した。こうして、姉弟の面倒を見ることで、スーザンは前向きに生き始め、心からエイダとジェイミーを愛するようになる。

 アパートの一室が全世界だったエイダにとって、スーザンとの暮らしは目新しいことばかりだ。スープをスプーンで飲むこささえ初めてだ。スーザンは自由に外へ出してくれた。外で、エイダは、スーザンが飼っているポニーと仲良くなり、乗ることもできるようになった。落馬した女の子マギーを助けて、マギーとも友だちになり、マギーの家で馬の世話をするグライムズさんとも親しくなる。

 しかしスーザンの愛情を、エイダは素直に受けいれられなかった。醜い自分に愛される価値はない、誰かに愛されるはずはないと思い、反発し、スーザンの愛情表現に怒りを爆発させてしまう。それでもスーザンは辛抱強くエイダを抱きしめ、見守りつづける。

 戦火はケント州の村にも近づいてきた。村は大勢の負傷兵を受け入れ、エイダはその介護に加わる。さらに、ある大活躍して、自信を持ち始めた頃、疎開費用を政府に請求された母親が迎えに来た……。

 タイトルにある「わたしがいどんだ戦い」、つまりは、エイダの戦い(Tge War)は、第二次世界大戦がきっかけで始まるが、大戦とは別の、エイダの自分自身との戦いだ。
 ねじれた足で歩く戦いからはじまり、アパートから外へ逃げ出す戦い、心を開く戦い、仕事をやり遂げる戦い、自分の価値を認める戦い、人を信頼する戦い、母親から決別する戦い、自由に生きる戦いと続いていく。
 エイダが戦いつつづけ、前進できたのは、エイダの中に、自分を生きようとする生命の火が燃えていたからに違いないが、それと同じくらい、いやそれ以上に聡明な女性スーザンの存在が大きい。スーザンは子ども好きではなく、愛情を振りまくタイプではない。感情ではなく理性で動く。初めは、淡々とエイダたちの世話をした。愛情を押しつけず、愛情の見返りも求めない。

 エイダにとって、愛されることは自分にふさわしくないことで、愛されると、得体の知れない、恐ろしいさを感じてしまう。そのことが、如実に表されているは、クリスマスにスーザンが、ワンピースを縫ってプレゼントしたときだ。それまでに、エイダとスーザンは、徐々に心の交流ができるようになり、エイダはスーザンに、スーザンはエイダにプレゼントを準備していた。
 きっと、ワンピースを贈られたエイダが涙を流して喜ぶだろう。私は、心にこみあげるあたたかい気持ちを感じながら、感動の場面を期待して読み進んだ。ところがエイダは、見苦しい自分にこれは着られないといって、パニックに陥ったのだ。虐待され続けて育つと、ここまで屈折してしまうものかと、私は本当に驚いた。

 極限状態から、自力ではいだし、何度も危機に陥りながら、自分と戦いに勝利しつづけたエイダ。彼女に明るい未来が開けたことに、私は、希望と大きなエネルギーをもらった。
 
*第64回青少年読書感想文全国コンクール 高校の部 課題図書

朝の読み聞かせ 6年2組 プログラムを2つ用意

 高学年は1学期に1回のおはなし会。貴重な機会なのでなんとなく張り切ってしまう。それで、早めに教室にはいれたら、グリムの「あめふらし」を語りたいと思っていた。でも、今日は、なにやら何人かが話し合いに呼ばれていて、子どもたちがそろったと同時にチャイムが……。これは無理だと断念して、短めバージョンのプログラムに変えた。

プログラム
 絵本 てをみてごらん (PHPわたしのえほん) 中村牧江文 林健三絵 PHP研究所
 おはなし びんぼうこびと ウクライナの民話

てをみてごらん (PHPわたしのえほん)』は、紙であらわされた手がいろいろな表情を見せているもの。文章は短いので絵をじっくり見せて、感じてもらうようにした。子どもたちは自分の手を見て真似したりしている。
 続いて「びんぼうこびと」。お百姓が、まんまとびんぼう袋に閉じ込めるところから、子どもたちがきゅっと気持ちをお話に寄せてきたようだ。ラストで、にんまり笑う子も。このお話は、テキストには5、6歳以上となっているが、中学年以上のほうが楽しめるように思う。
 おはなしが終わるころ、ちょうどチャイムが鳴った。プログラムを2つ用意しておいて、よかった。

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課題図書を読む『奮闘するたすく』

 昨年の夏に読んで、児童文学で介護をユーモラスに、でも、きちんと描いていることに衝撃をうけた本。超高年齢社会で避けては通れないテーマだ。

奮闘するたすく
 まはら三桃作
 講談社

     

 小五の佑は友人の一平とともに、夏休みの研究課題として、デイサービスを見学してレポートするよう、担任の早田先生から宿題をだされる。認知症の症状がではじめた祖父の「デイサービスについていった」と日記に書いたからだ。
 夏休みがはじまり、佑と一平は、デイサービスに行く祖父に付き添った。祖父は、ものわかりのいい時と悪い時があり、介護士に腹をたてたり、素直に従ったり。佑は振り回されっぱなしだ。佑と一平は、初め見学だけだったが、介護士見習いとして手伝いもするようになる。

 老い、認知症、身体障害、介護福祉、外国人労働者、ボランティア、そして死。佑は、祖父や施設を利用する老人たち、介護士と交流するなかで、様々なことを知っていく。高齢者社会の現代にあって避けらないテーマをわかりやすく書いている。
 重いテーマを扱っているが、全体にユーモアがあふれ、とても明るい。自分の死がほど遠く、現実味がない5年生の目を通して描かれているからかもしれない。
 それでも、佑の気持ちは複雑だ。佑の祖父は元刑事。おそらく、規律正しくしっかりした人だっただろう。佑はそんな祖父を尊敬し、誇りにしていたに違いない。それが、認知症になって、明らかに言動がおかしい。祖父自身も意識がはっきりしている時は、自分をふがいなく思い、苛立ち、将来に不安を感じている。弱っていく祖父と、祖父を見つめる佑の気持ちが切ない。たとえば、施設で履く上履き。小学生が学校で履くのと同じで、でかでかと名前が書いてある。プログラムにくみこまれたレクレーションのお遊戯。まるで幼稚園児のようで、祖父はプライドを傷つけられる。
 一方、祖父の身内でない一平の感じ方は、かなりドライで佑と温度差がある。老人たちの、ちぐはぐなふるまいを、単純に驚き、おもしろがり、施設での体験を楽しんでいる。こうした一平の存在は、祐を落ち込ませず、作品の明るさに寄与している。

 老いにともなう認知機能、身体機能の衰えや障害に、周囲はどう接するか? 嘲笑したり、できないことに腹を立てたり、逆に幼い子を扱うように接したり……どうすればいいか戸惑う。ヒントとなる提案をしてくれるのが、インドネシアから介護福祉士になるために勉強にきているリニだ。彼女は、「インドネシアでは老人は尊敬されていて、みんなが世話をしたがる。生きている分かしこくて物知りだ」という。認知症の老人たちを見れば、その言葉に首をかしげずにいられない。でも、刑事だった祖父は、刑事の素養がしみついていて、施設で老人ひとり行方不明になったとき、スタッフに的確な指示を出す。また、大切な妻との大切な思い出を、しっかりと折りたたんでしまっていた。それを言動としてと外に表したとき、佑たちは、はじめ、理解できなかったが……。
「お年寄りのやることには、ちゃんと理由がある」といったベテラン介護士の言葉が心に響く。 いつもはほとんど言葉を発さないのに、カラオケの「瀬戸の花嫁」ではリズミカルにあいの手を入れる老人も、きっとなにかを深く胸に刻みこんでいるのだろう。体験や思い出はみな違う。当たり前のことだが、老人、いや人間は、ひとりひとり尊重される個人なのだ。

 後半のセミの幼虫の孵化にまつわるエピソードは、生死の神秘がともない、とても美しい。セミは、美しい孵化のあと、成虫となり、はかない命を終えていくのだ。でも、それまで懸命に生きている。

 

*第64回青少年読書感想文全国コンクール 小学校高学年の部 課題図書

5月のひよこちゃん ハッピーになる笑い声の響き

 さわやかな青空が広がった今日。4組の親子が来てくれた。1歳さんが4人。ひとりお兄ちゃんがいて3歳だった。

プログラム
 わらべうた くまさんくまさん *
       お茶を飲みに来てください *
 絵本 ばななくんがね‥ (おいしいともだち) とよたかずひこ作 童心社
 絵本 ねんねこさっしゃれ ひぐちみちこ作 こぐま社 
 わらべうた でろでろ つのでろ *
       おすわりやす いすどっせ *
       だるまさん *
 絵本 だるまさんと〈3〉 (かがくいひろしのファーストブック 3) かがくいひろし作 ブロンズ新社 *
 絵本 ちょうちょうひらひら まどみちお詩 西巻茅子絵 こぐま社 *
 わらべうた ちょうちょ ちょうちょ *
       ぎったんばったん *
  紙芝居 おんぶおんぶ (あかちゃんかみしばいよちよちはーい!) 武鹿悦子脚本 相野谷由起画 童心社
 紙芝居 のりもの プップー (0・1・2かみしばい にっこり げんき うれしいな) おおいじゅんこ作/絵 教育画劇
 わらべうた さよならあんころもち

 はじまりのわらべうたでは、くまさん人形で挨拶してもわるのだが、お兄ちゃんがくまさん人形の前に出てきてしまう。そのくせして、自分に挨拶の順番が回ってくると、逃げたりして、みんなを楽しませてくれた。このお兄ちゃんが、『ばななくんがね‥ (おいしいともだち)』は、バナナの皮をむくところをやってくれた。そのあと、みんなでもぐもぐと食べる真似。「おすわりやすいすどっせ」のわらべうたのとき、お兄ちゃんが部屋から出て行ってしまい、戻ってきたとき『だるまさんと〈3〉 (かがくいひろしのファーストブック 3)』の本を持ってきた。それで「だるまさん」のわらべうたの後に読んでみた。絵本のいちごや、バナナと同じ動きをするのが楽しいらしい。ひゃっひゃっひゃっと笑っている。
ちょうちょうひらひら』でも、「うふふ」「えへへ」「おほほ」「あはは」の笑い声で、いっしょに笑い声を立てている。小さな子は、とくに、笑い声が好きでうれしくなるのだと思う。ハッピーになる響きなのだろう。
 そののあと、わらべうたの「ちょうちょちょうちょ」で、ハンカチをチョウチョウにみたてて、みんなに渡しながらくばり、「ぎったんったん」をやってみた。1歳さんはお母さんがハンカチを上下するのをじっと見つめ、3歳さんは自分で持って、最後に落とすのを喜んでいる。持ったものを離すと下に落ちるというのが、幼い子たちには不思議で面白いのだろう。
 紙芝居は、3歳さんが自分で引くのをやるといってきかず、やってもらうと、どんどんひいてしまうので、超スピードで読むことになった。『のりもの プップー (0・1・2かみしばい にっこり げんき うれしいな) 』でパトカーも消防車も救急車もみんなピーポー車といったけれど、ばすだけは「バス」と言えたのが、愉快だった。幼稚園のお迎えバスをよく見ているのかな?

   

   

5月のおはなし広場 初めての日をたのしく!!

 今年度はじめてのお話広場。毎年、いちばん初めの日は、今年はどんな1年生だろうかとどきどきわくわく。時間より少し前に部屋に入ってきて、きちんと並んでくれました。話し手に知った人がいて、嬉しそうに手を振る子も。初めての場所で、知っている人に出会うと、子どもたちはとて安心するようです。

プログラム
 詩で体操 ぽいぽいたいそう(『のはらうた 2』より) *
 絵本 さぶちゃんのいちにち やすいすえこ文 夏目尚吾絵 キンダーおはなしえほん1992.12 フレーベル館
 絵本 かまきりと しましまあおむし 澤口たまみ文 降矢なな絵 農山漁村文化協会
 大型絵本999ひきのきょうだいのおひっこし 999ひきのきょうだいのおひっこし  木村研文 村上康成絵 ひさかたチャイルド
 エプロンシアター 3びきのヤギのガラガラドン *

 毎年は川崎洋さんの「たんぽぽ」の詩で始めるのだが、今年はもうたんぽぽが咲き終わってしまった感が強いので、リラックス効果を狙って「ぽいぽいたいそう」の一番だけをやってみた。最初ポカンとしていたが、一緒にやってねというと笑いながら楽しそうにやってくれた。2回繰り返して、絵本『さぶちゃんのいちにち』につないだ。猫のさぶちゃんの一日をたどっていくお話。じっくり絵を見て、よく聞いていた。『かまきりと しましまあおむし』は、少し長いが、静かに聞いていた。あおむしが蝶々になるのを、「ああ、ちょうちょ」と喜んでいる子が何人か。ああ、1年生だなと思う。大喜びだったのが『999ひきのきょうだいのおひっこし』。大型絵本だけに、とんびにさらわれたお父さんかえるにとびついた999ひきが、空に連なっている場面は圧巻。ページをめくるたびに、きゃあきゃあと喜んでいた。最後は毎年恒例のエプロンシアター「3びきのヤギのガラガラドン」。今年は、ちょっぴり、新しいセリフを増やしてみた。子どもたちは知っていると言いながらも楽しんでくれたと思う。小さなヤギが、トロルに許してもらえたことを歓んだり、ヤギたちが橋を渡るときの音の違いをちゃんと聞き分けたりする子もいて、おお、今年の子もなかなか反応がいいと思いながら演じた。
 少し早目に終わってしまったが、まあ、はじめの日なので、おまけのお話は無し。先生も「楽しかったです」といってくださって、私たちも安堵。楽しかった!!

   

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